2018/07/18

身体を奪われて、ゴム人形になるお話

「やあ、奇遇だね。こんなところにいったい何の用だい?」

ギルド1の根暗な男が私に話しかけてくる。

「…あんたでしょ。この手紙」

私は右手に持っていたシンプルな封筒を男に向かって投げつける。
軽い封筒は思ったように飛ばず、ひらひらと地面へ落ちる。

「さあ、なんのことかな」

手紙には1行。
夕刻、人気のない街の外れにあるくたびれた小屋。
場所だけ書いて、要件は一切書かれていない。

いつもならば、こんな即ゴミ箱行きの内容に従う必要はない。
そう、いつもならば。

「……しらばっくれないで。ミスト…あんたなんでしょ。この…私の身体に…」
「おや、体調でも悪いのかい?僕で良ければ相談に乗るけど」

ミストはわざとらしい演技でこちらをニヤニヤ見てくるのが癪に障る。

「とぼけないで、さっさと戻さないと痛い目に合わせるよ」

睨みつけてはみるものの、ミストの態度は崩れない。

「とぼけてないさ、せっかく親身になってあげているのにそんな態度をとるんだ?」

こいつ…わかっててやってるな。
私は勢いよく、着ていた鎧を脱ぎ捨て、アンダーシャツも、ブラジャーも投げ捨てる。

「あんた…なんでしょ。私をこんなふうにしたのは!」

ブラジャーの下から顔を出したのは、女性の乳房…の形をした別のモノだった。
肌のような質感が一切しない、ゴムのような材質。
色も半透明の青色で染まっており、乳房の中が透けて見えるが、そこには透明の何かが詰まっているように見え、血管や脂肪の類は一切見当たらない。
乳房の先端にあるはずの突起も哺乳瓶の乳首のようになってしまっている。

今朝、眼が覚めて私を襲った現象。
それは2つの乳房が別の、作り物に置き換わってしまっていたことだった。

「いきなり裸になるなんて大胆だね、誘ってるのかい?」

黒木は私の行動に、そして目の前の光景に全く驚かない。

「…やっぱりあんたの仕業ね。私の胸、返しなさいよ」
「形も崩れないし、汗をかくこともない、いい身体だと思うんだけど」
「そんなわけないでしょ、固いし、乳首は立ったままだし、人目には晒せないし、そもそもこんなこと、頼んでもないのに」
「そう?気に入ると思ったんだけど。前より胸も大きくなったんじゃない?」
「こんなおもちゃを取り付けられて喜ぶ奴がいたら変態よ」
「いい加減にしないと…」

私は短刀を抜く。
ギルド員同士の戦闘はご法度だが、ある意味すでに攻撃されているようなものだ。
どんだけ私が彼を痛めつけても、そのあとにこの悪事を告発すれば彼の追放は免れない。

「まあまあ。これは研究なんだよ」
「…」
「女性の大切な部分…に限らないけど、そうやって置き換えておくことで冒険の危険にさらすことが無くなる。その胸なら、もし噛み千切られても安全に戻すことができるんだよ?」

ミストは背後に置いてあった布をはぎ取る。

「例えば置き換えておいた部分をこうやって保管しておくことで…ね」

その下からは、直立不動の…全身が青色のゴムの人形が現れた。
…いや違う。
胸だけが人間の肌の色をしている。
そうそれは…

「それが、私の胸ってことね」
「そうだね」

ミストはぶら下がった乳房の片方をわしづかみにする。
当たり前だが、その胸はその力に従い、柔らかく形を変える。

「触るな…!」
「ぼくを斬りつけるのは自由だけど、戻すには僕が五体満足である必要がある。うすうす気が付いてると思うけど、これは高度な古代魔法の一種なんだ。君には到底扱えないような精密な魔力のコントロールを要する。血なんて流しながら使える代物じゃないんだよ」
「くっ…」
「まあ、君がここに"一人"で来た時点で負けは確定してるんだけどね」

ミストの右手が人形の胴体に触れる。
バシュっという音と共に目の前の青い物質が肌色に変わる。

「なっ…」

こんな一瞬のうちに…!?
私は慌てて身体を見下ろす。

視界に青のゴム人形になってしまった身体が映る。
腕や脚はまだ人間のままだが、首から下、太ももの付け根までがすべて入れ替えられてしまった。

「なんだ…とっ!」

途端に身体がふらふらと揺れる。
身体が作り物に変わってしまったことで胴体には一切の力が入らない。
腕と脚だけではバランスがとれず、私はとうとう尻餅をついてしまう。

「貴様っ…」
「いいね、予想以上の成果だ。相手の動きを鈍らせるのにも使える」

私は腕を上手くつかい、壁に寄りかかりながら立ち上がる。
脚も重心を低くとって構えることでなんとか壁無しでも立てそうだ。

「おっと、さすがギルド1の剣士。残された腕と脚もしっかり鍛えているね」

ミストは感心する。

「でも、これでわかっただろう。君は僕に逆らえない。僕はいつでも君をすべてゴム人形にすることができる」

ミストが人形の右腕をつかむ。
カランカラン…
一瞬にして私の右腕はただのゴムに変わり果てた。
握っていた短刀は握力を失った右手からあっさりと離れ、地面に転がる。

「なぜ、こんなことを…」
「なぜ?なぜだろうね。ギルドがもう少し魔術師に対しての評価を見直してくれたらこんなことにはならなかったかもしれないけど」

何をバカなことを、と思う。
ギルドの評価は私が知る限り平等だ。
ミストは能力は高く、成果は出すものの、協調性が薄く独断行動をすることが多いため、各チームのリーダーは、ミストは使いにくいとぼやいているが。

「で、私にこんなことをしてストレス解消ってことかい?」

肩口からダラリとぶら下がった右腕。
ワイバーンと戦って右肩の骨を砕かれたときこんなふうになったことを思い出す。

「このギルドで一番強い剣士は君だからね。君をどうにかできるのであれば、このギルドを僕の手中に収めることは容易いだろう?」

落ちている短刀を拾いなおし、左手で構える。

「まだ反抗するつもりかい。まったく剣士というのは…」

ミストはやれやれと言った感じで懐からナイフを取り出す。
そのナイフを、人形の胴体へと突きつける。

「それ以上動いたら、この身体に刃を入れちゃうよ」
「卑怯だぞ、貴様…」

自分の身体を人質にとられ、身動きが取れなくなる。
数分前まで自分が動かしていた身体なのに。

どうするべきか考えているうちに、左腕も同じようにゴムの腕に変えられてしまう。

「がっ…」

上半身は顔を除いてゴムとなってしまい、バランスが一切取れなくなる。
前のめりに倒れこむ身体につられるように脚も膝をつき、顔を地面に打ち付けてしまう。

「ふむふむ…君のおかげで最低限どこを奪えば無力化できるのか、わかったよ、ありがとう」

そういいながらミストは人形の右足、左足に触れる。

「あ、ああああ…!」

とうとう首から下すべてがゴム人形と入れ替わってしまった。
目の前には青いのっぺらぼうの顔に、女性の生身の身体が付いた人形が立っている。

「あとは…ここだけ」

徐々に右手が人形の顔へ迫っていく。

「や、やめて…おねが」

懇願もむなしく、目の前の人形の顔が私そっくりの顔になる。

(あ、ああ…)

口、眼、耳…すべてがゴムと化してしまう。
口はあるが、口内の歯も、舌もすべてゴムとなっており筋肉も一切存在しないため、言葉を発することができない。
視力が極端に落ちたのがわかる。
数m先にいたミストの姿ですらうっすらぼやけて見えてしまう。
鼓膜もゴムのようなものになってしまったのか、音はすべて低く鈍く聞こえる。

ミストがなにか話しているのがわかるが、聞き取ることすらできない。
目の前の2つの人影-おそらくミストと、私の身体になった人形だろう-が、フッと消えうせる。
恐らくミストが転移魔法でどこかへ移動してしまったのだろう。

(あ…う…ぐ…)

先程までは気が付かなかったが、身体中の筋肉が失われたものの全く力が入らないわけではない。ほんの、ほんの僅か、少しずつ這うようにして動くことができるようだ。

(私の身体を取り戻さないと…まずは誰かに助けを…)

自分がどちらを向いているかすら怪しい。
だがそれでも望みを捨てるわけにはいかない。
ギルドへ辿り着けば、なんとかなるかもしれない。
1歩に満たない距離を数秒かけてのそのそと、亀のように這ってでも街へ向かっていくしかない。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・


「さて…と」

隠れアジトに転移した僕は剣士の姿を得た人形を眺める。
真っ裸であるにもかかわらずその鍛え抜かれた身体を隠そうとはしない。
もちろん意識などあるわけもないのだが。

剣士に向けて杖を向け仕上げの呪文を唱える。
虚ろだった剣士の眼に光が宿り…そして僕の身体が倒れる音がした。

「くくく…完璧だ」

見下ろすとそこには剣士の身体。
大きな乳房が、鍛え抜かれた筋肉が現れた。
女性だというのに、元の魔導士の身体より数倍も力強く感じる。

自身の身体をベッドに運び寝かせると、
用意してあった彼女の予備の装備を着こむ。

「では、先回りしてギルドに戻るとするか。くくく…」

ギルドメンバーの前に意思の疎通ができない、気味の悪い人形が現れたらどうなるか…楽しみで仕方がない。


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