2018/07/13

魔法少女もの

「レナ、いまだよ!」

目の前に膝を付けた怪人へ、ありったけの魔力をたたきこむ。
怪人は一瞬にして灰となり、消え去った。

「ふう、今日も余裕だね」

変身を解除し、魔法少女ドレスから制服姿へ戻る。
高校生にもなって魔法少女なんて、って思うけど仕方ない。

なんで魔法少女なんて始めたのか、なんてもう覚えてないけど
街に現れた怪人を倒して町の人たちの不幸をこれ以上起こさないようにするために日夜頑張っている。


「今日もおつかれさま、レナ」
「ポポポもね。いいアドバイスだったよ」

ニコリとほほ笑む。
ポポポは魔法少女にありがちなお付きの魔法生物である。
…といってもこの熊のヌイグルミはもともと家にあったもので、そこにポポポが宿っているだけなのだが。
普段は私の部屋のヌイグルミの1つとして佇んでいるが、こうして怪人が現れれば一緒に戦うのだ。

「さて、今日もいくかい?」
「…うん」

毎日の日課…というか習慣になっているのだが、私の兄が入院している病院へ向かう。
私の兄は3年前に怪人に襲われ、意識不明の状態で発見されたのだ。
当時中学生だった私も、魔法少女として現場に急行したのだが、すでに怪人はおらず、兄だけが倒れていたらしい。
…らしいってのは、私は取り乱してしまったらしくて細かく覚えていないからだ。
あの後、ポポポが全部やってくれたらしい。
兄は重体で最悪の事態もあったのだが、なんとか一命をとりとめて今に至る。

ポポポが言うには兄を襲った怪人を倒せばすべて解決する、って言うんだけどその怪人は滅多に姿を現さない。
でも私はあきらめない。いつか怪人を倒してお兄ちゃんを元に戻してみせるのだ。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・


放課後。
あたりを漂う空気が一瞬にして重くなる。
太陽もまだでているというのにあたりは身震いするほど寒くなってきた。

(…とうとうきた)

直感で分かる。
あいつが現れたのだと。
いつもの怪人よりひとまわりもふたまわりも強い瘴気。

「ポポポ!」
「………」

家の方向からポポポが無言で飛んでくる。
緊張をしているのか、なんとなく表情も固く見える。
私も臨戦態勢に入るために魔法少女へ変身する。

「よしっ。いくよっ」

相手から俺はここにいるぞ、と言わんばかりの殺気が飛んでくる。
ロッドを振り回し飛行魔法を展開、一気に怪人のもとへ飛び立つ。

河原。
普段なら下校中の生徒や散歩をする人々がいるはずのそこには人の気配は一切ない。
ただ一人、ローブを被った背の高い人がこちらを見ている。

「…おや、おや、これはこれは」

声は低く、男性のようだ。
なにか興味深いものを見たという口調。

「初めまして、怪人さん。あなたをずっと探していたわ」

ブン、とロッドを振り回し怪人へ向ける。

「ふむ、私を倒しに来たのかね」
「それ以外にないでしょ」
「止めておきたまえ、中途半端な魔法少女では私には適わんよ」

嘲るように笑う怪人。

「ちゅ、中途半端ですって…?」

数えきれない程の怪人を屠ってきた私が、中途半端?

「ふむ…まだ3年前のほうが素質はあったというのに」
「…3年前?」

ピクリとロッドが震える。
3年前に…私はこいつに会っている?

「…いったい何が起きたのか…」

怪人ははて、と手を顎にあて考える素振りを見せる。
そして私の傍らに浮かんでいるポポポを見つけ、ニヤリと笑った。

「ああ、なるほど、そういうことか」
「…?いったい何を言っているの?」
「ふむ、本人は気づいていないのか?…それとも忘れているのか」

ぶつぶつと独り言を言う怪人。

「ポポポ…こいつ何を言ってるの?」
「………」

ポポポは先ほどから…いや、合流したときから何もしゃべっていない。

「なるほど、魂換の魔術の後遺症か。なるほど」
「こ…んかん?」
「…ダメだよ、レナ。あいつの言うことに耳を貸さないで」

ようやく口を開いたポポポがいつになくシリアスな口調になる。

「先手必勝だよ、レナ。君の全力を、打ち込むんだ」
「う、うん」

この尋常じゃない瘴気に様子見などしていた負けてしまう。
相手がなにか考えているのであれば好機だ。
ロッドに魔力を籠め、そして高まった魔力を無防備な状態の怪人へ向かって、放つ。

バシュ!

一瞬の輝きと主にその魔力は霧散した。

「-えっ…」

限界まで高めたはずの魔力は、怪人の軽く掲げた右手に当たるとあっけなく崩壊してしまった。

「やはり、君はその身体の魔力を使いこなせていないようだ」
「くっ…!」
「あの時のほうが数倍強かったよ。私も人質を取らねば負けるところだったのだから」

ひと、じち…?

「そう、人質だ。君の兄だったと思うが?」
「え…?」

3年前、私はこいつと戦っていた…?
そこに兄が巻き込まれて…?
怪人が怪しげに笑う。

「はっはっは…いや、正確に言うと違う。巻き込まれたのは君だ」

わ、私が…?

「そして戦っていたのは…君だ」

怪人が指をさした方向にいたのは…ポポポだった。

「思い出せないのであれば折角だ、思い出させてやろう」
「や、やめて!」

ポポポが普段では見せない、焦った口調で叫ぶ。
というか、まるで女の子のような…。
そのポポポの叫びもむなしく、怪人から放たれた光弾は私へ直撃した。
そしてそのまま怪人は「また、会おう」という一言だけを残して姿を消してしまった。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・


記憶に蓋をされていた部分が破壊され、どっと記憶が流れ込んでくる。

「えっ…私が…お兄ちゃん…?」

3年前のあの日。
そう、あの日はたまたま妹と帰りに会って、一緒に帰っている途中で。
あたりが急に暗くなって…そうしたら妹が切羽詰まった顔で、「お兄ちゃんはここに隠れていて」とだけ言って駆けて行ったのだ。
そして、妹が魔法少女なんて知らなかった俺は、そんな忠告を無視して妹を追いかけてしまった。

妹が魔法少女に変身して目の前の怪人と戦っていた光景が浮かぶ。
妹は怪人を圧倒していた。あと一撃、そんなときに…。

「お兄ちゃん!?」

怪人に見つかり人質にされる俺。
怪人は、俺もろとも妹を消そうとし、妹は俺をなんとか助けようと動いた。
その結果が、俺の重傷と、怪人の逃走。

そして…。

「あの時は、お兄ちゃんの怪我は致命傷に見えた。だから魂だけでも守ろうって思った」

ポポポがボソリと語る。

「でもいくら魔法少女といっても、1つの身体に魂は2つも入らない。自分に取り込もうとした結果、私の魂は弾かれて、このヌイグルミに入らざるを得なかったの」

「幸い、お兄ちゃんの身体はなんとか助かった。けど私に入ったお兄ちゃんは、お兄ちゃんの記憶を失っていて…」

「…レナ」

すべてを思い出した俺は、ロッドを握った小さな手を見る。
そうか、俺は妹の身体を使っていたのか。

「魂換の魔術は、簡単に使える魔法じゃなくて…お兄ちゃんが魔法少女として成長したら、いつか説明しようって思ってて…」

「ごめん、3年も…」

レナを手繰り寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
腕の中でレナはフルフルと首を振る。

「ううん、私があの時ちゃんと説明しておけばよかったの。何も言わずに隠れていて、なんて言っても無理よね」

とはいえ、俺がちゃんとしていれば妹の身体を奪ってしまうことも、不自由なヌイグルミの身体に閉じ込められてしまうこともなかったはずだ。

「でも、ちゃんと私のアドバイスで3年間、魔法少女として成長してきたじゃない。今日は負けちゃったけど…でももう少し頑張ればきっと」

「…3年。あ、え?俺もしかして3年間…女の子として…?」

冷静に考えると3年前のあの日から記憶を失った俺は女の子として生きてきたことになる。

「…最初はどうなるかと思ったけど、お兄ちゃんはちゃんと女子高生してたよ」

レナが苦笑いをする。

「あああ…ううう…なんか急に恥ずかしくなってきた。この格好も…」
「ダメだよ、もうしばらく頑張ってもらわなきゃ」
「そんな…あとどれくらい?」
「そうだなあ…お兄ちゃん才能ないから…」

レナが記憶を取り戻した俺に容赦ない言葉を浴びせる。

「才能ないって言うなよ…」
「ごめんごめん、でも魔力の扱いは上手くなってきたから…もうちょっと精度を高めれば。あと数年ぐらいで」
「す、数年!?」

高校生を卒業して大学へ通っている年齢になってしまう。

「そ、数年。私もいい加減このヌイグルミの身体に慣れてきちゃったけど、やっぱり元の身体で青春はしたいから、なるべく早く…ね?」
「が、頑張る…よ」

―・―・―・―・―・―・―・―・―・

実はその後、記憶を取り戻したおかげなのか、妹以上の才能を発揮して
すぐに2人とも無事に元の身体へ戻ることができた。
が、妹の悪だくみにより、俺の元の身体を妹と瓜二つにされ、双子の魔法少女としてしばらく活躍させられるのだった。




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