ふー疲れた、ちょっと座ろうかな。
別に"私"の身体の疲れが分かるわけではない。
もちろん顔色や発汗を見て体調の良し悪しを判断することはあるが
ちょっとした疲れが表情にでる、なんてことはないので定期的な休憩を取るに越したことはない。
今回の場合はそうではなく、能力を使っている私自身の集中力の休憩である。
こんな不便な身体になってはや2年、中学校の卒業まではあと半年…。
卒業したら進学せずにこの身体を元に戻すために、日本…いや世界を回ろうと思っている。
親も最初は反対していたが、あの事件以降無口となってしまった"私"が珍しくものすごい勢いで紙に書きなぐり、身振りを交えてくるものだから最近は少し態度は軟化してきている。
定期的に動画を送って無事を知らせて、という形で収まりそうな気はしている。
じーじーとセミがあちこちで泣き叫ぶ。
私にはあまりわからないが、恐らく気温はものすごく高いのだろう。
人形がどれだけ熱くなっても、冷たくなっても私には一切わからない。
"私"の身体にもうっすらと汗が出てきている。
木陰を探し、ベンチに"私"を座らせる。
端から見れば問題なく学校帰りの女子中学生が公園で休憩を取っているように見えるだろう。
その"女子中学生"が背負っているカバンのチャックから外に出ている人形…それが私だった。
高さ10cmほどの単純な縫製でつくられた人型の人形。
昔家族でお祭りに行ったとき、父親が輪投げか射的で取った、元ネタも名前もない安っぽい人形である。
魂映しの能力。
その能力を持つ強盗に家へ入られ、留守番をしていた私はたまたま近くにあったこの人形へ閉じ込められたのだった。
幸い、私はそのときに自身の能力…"人形操り"に目覚め、家中の人形…(自分の身体も含めて)立ち上がらせ、強盗はそれに驚き逃げて行った。
後から考えると、彼は家に能力者がいて、さらに自分の能力が通用しなかった、と勘違いしたのだろうけど…。とはいえ、結果私を元に戻せる能力者がいなくなってしまったので、それ以来ずっと人形に閉じ込められたままである。
10cm程の小さい人形とはいえ、肌身離さず持ち歩くというのは結構難しい。
いまはカバンからぶら下がっているように見えるが、実際はカバンの中にある、ペンケースのファスナー部分に結び付けられている。
私の能力は3m以上離れると影響がなくなる。
この状態ならよほどのことがない限り、離れてしまうということはない…と思っていたのだが、油断していた。
がしっ、ひょいっ。
私の…人形の身体が握りしめられ、そしてふわっと浮かぶ。
(えっ…?)
カバンのチャックが緩んでいたのか。
掴まれた身体とペンケースごとカバンから引き抜かれる。
たったった。
拙い歩き方ではあったが、あっという間に私の能力の範囲から、"私"の身体は外れてしまう。
視界の隅で"私"の頭がかくっと垂れ下がったのがみえた。
端から見たら眠りこけているようにも見える。
(や、やばっ…)
視界を戻すと目の前には幼い男児。
小さな手で私の身体をがしっと握りしめている。
どうやら悪気ない、無邪気な気持ちで人形をつかんでしまったのだろう。
だが私にとっては一大事だ。
私の能力は"命無き人形"を操作する能力。
自分の意識が閉じ込められている人形には関与できない。
私は自分で自分を動かせないのである。
今までも、元の"私"の身体や家にある人形を上手く使って自分を動かしてきたのだ。
男児は遠ざかりながら、ペンケースと私をつないでいるチェーンを外そうとカチャカチャと触りだす。
(まずいまずいまずい)
このまま持っていかれると"私"の身体はここに置き去りになってしまう。
いつまでもベンチに座っている人がいれば、誰かが怪しんで…意識がないのに気が付いて病院へ…ということになりかねない。
私も私で、周りに操れる人形がないと何もできないのでなすがまま、連れ去られるしかない。
ピン、という音と共に私はペンケースから切り離される。
ペンケースをぽいっと捨てた男児は、私を握りしめたままある方向へ走り出した。
(砂場…!)
男児のほかに3人の子供が砂遊びをしている。
「お人形さんあったよ」
「ほんとだー」
「たっくん、すごーい」
私はそのまま砂で作られた山に置かれる。
当たりを見回すが、私が操作できなうな人形は見当たらない。
「じゃあおままごとねー」
「うん、ぼくおとうさん!」
「わたし、おかあさんー」
「おねえさんやるー」
そして…
「この子はあかちゃんね」
(うそでしょ…)
どうやらままごとに巻き込まれてしまったようだ。
あっちこっち引っ張られ、寝かされ、おねしょをした、ということで水で濡らされた。
私はなすがままの状態で幼児達のおもちゃとして扱われた。
そして…
「またねー」
「あしたー」
「ばいばーい」
やっと解放された。
お母さん達の立ち話が終わったのか、夕飯の時間に迫ってきたからか。
幼児達の砂場遊びは終了した。
でも、最悪だ。
男児は元の場所に私を戻してくれるようなことはしなかった。
砂場に転がされたままの私。
身体は水で濡れ、砂は泥のようになって付着している。
(これは…詰んだかな。ん、なにかきた)
さくさくと砂場を軽快に歩いてくる音。
その後方からゆっくりとしたの別の足音が聞こえる。
「わん、わん」
(い、犬う?!)
ふんふん、と匂いを少しかがれた後、がうっと私は咥えられてしまう。
ぶんぶん、と首を振り回す犬。
(あばば…ひいいい)
視界がぐるんぐるんと回る。
「こら、何咥えてるの…なにこの汚い人形…」
涎まみれになった私の身体は、ぐいっと飼い主らしき人の手で引きはがされる。
あぶない、強くかまれて振り回されたら手足がちぎれてもおかしくない。
「まったく、変な物見つけちゃだめよ」
ぽいっと再び砂場に投げ捨てられる。
(ひどいっ、なんて扱いするの!)
心の中で文句を言うがもちろん伝わるわけがない。
そして…。
シャーっ。
先程のままごとで濡れた身体にさらになにか水分が降りかかる。
(あ、雨…?ってちがう!?)
目の前には犬の股間。
(わ、私におしっこかけたわね…!)
一旦飼い主に取り上げられ興味を失ったのか、私に向けておしっこをかけてくる犬。
身体が再びずっしりと重みを得るとともに、今度は悪臭もしてくる。
(うげー)
散歩していた犬と飼い主が去った後も、何もできない状態のまま、砂場の縁で転がっている私。
でも先程より私の身体には近づいている。数十cmだけど。
日が暮れ始めている。
"私"の身体はまだ騒ぎにはなっていないようだ・
(ん…?)
先程まで死角だった砂場の山の影に、なにか2本の小さな棒のようなものが突き出ているのが見える。
(もしかして…!)
私は能力を発動する。
ビンゴだ。どうやらこれは砂場に埋められていた人形…!
びくびくと震えながら砂から抜け出したソレは、戦隊もののヒーローの黄色のキャラだった。
可動域がすくない人形だけど、それでも私は動かすことが出来る。
ヒーロー人形に私の人形を抱えさせ、私の身体まで戻ることにどうにか成功した。
(ううっ…汚いよう)
"私"を動かして、公園の水道で汚れてしまった私をとりあえず洗う。
果たして匂いがとれなかったどうしようか、どうやって干そうか。
結局その日は、自分自身をつまむようにして持ち帰り、ベッドの上空に紐を張って自分自身を吊るすことで乾燥することにしたのだった。
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