2018/06/27

VR牧場体験(2)


(ープロフィール表示)

種族:豚
性別:雄
年齢:0.6歳
体長:85cm
体重:110Kg



バーチャル空間での豚の生活が始まってから1か月が過ぎた。
起きたら日課となっているアバタープロフィールの表示。
さすがに毎日、24時間豚の生活をしていると私が本当に豚なんじゃないかと思うことがあるが、この確認をするという作業が私が人間であることの確認となっている。
とはいえ目の前に表示されるプロフィールには無情にも「豚」としか書かれていないのだが。

朝起きてしばらくすると、目の前のある銀色の受け皿にザラザラと食事が流れてくる。
食事と言っても人間と同じものが食べられるはずもなく、牧草や穀物、野菜の葉、ぬかなどの混合物だ。
とはいえこれを食べないわけにもいかないので仕方なく顔を受け皿に突っ込む。
最初は尻込みしていたが、空きっ腹の欲求には適わない。
それに豚になっているせいなのか、この緑や茶色の塊からとても良いにおいがするのだ。
フゴフゴ、と声が漏れるのも気にせず胃へ流すように食べる。
急いで食べないとこのあと放牧で厩舎を追い出されてしまい、食いっぱぐれてしまうのだ。
後先考えずに、目の前に出されたものを出されただけ食べるようになったため、体重も少し増えている。

(ん…)
食べた後にお腹の張りを感じ始める。
厩舎の中で割り当てられた狭い檻の中でウロチョロする。
(できれば放牧時にこっそりしたかったんだけど)
我慢できそうにない私は隅っこのほうへお尻を向ける。
汚い音と共にボトッボトッと茶色の塊が複数、わらの上に落ちる。
仮想空間だというのにこの体験システムはなにから何までリアルなのだ。
むあっと漂ってくる匂いから逃れたくなるが、今の私は自分の鼻を防ぐことはおろか、触れることすら難しい手の長さになってしまっている。
しかたなく私は出した物を視界に入れないように、早くここから出れるように、出入り口の前で座り込む。

(あー、ほんと、いつ戻れるんだろう…)

朝食が終わると次は放牧の時間である。
この牧場では家畜の種類別に放牧されるエリアが違う。
他エリアはわからないのだが、豚エリアでは20匹ぐらいの豚が放牧されている。
アバターを選ぶ際にPが8まであったことを思い出す。
それを考えると豚のアバターを体験をしている生徒は8人のはずだ。
残りはAIが捜査している豚なのだろうか。
メッセージを送ったり、人語を放すことはできない。
そのためあまり豊かではない豚の表情と鳴き声、動きのみでの意思疎通となるのだが、
どの豚も似たような反応を返してくるため、どれがNPCでどれが生徒なのかを判別することはできない。
体験者同士で知的なコミュニケーションを取らせないようにしているのだろう。

最初は周りの豚の区別は全くつかなかったのだが、1か月もすると見分けがつくようになってくる。
特に雌の豚は一回り小さいのでわかりやすい。
それに…
(うーん、これが雄の気持ち、なのかな?)
雌の豚を見ると視線が外せなくなることがある。
知らず知らずのうちにお尻を追い続けてしまうこともあった。
身体同士を擦り付けたくなる衝動にも襲われるのだが、中身がクラスメイト…もっと言うと親友ではないのか、と思うと躊躇われる。

(しかしすごいなあ)

没入型のリアルシミュレーションというのは今の時代珍しくはない。
しかし世界の描写というものは負荷がすごいものだ。
なのにこの牧場体験に使われているシステムは今まで体験してきたものの中でも群を抜いている。
草の1つ1つをどれだけ目を凝らしてもオブジェクト…3Dのボクセルような荒は見えない。
柵や木、岩もテクスチャのパターンが見つけられないほど細かく、ユニークだった。
豚となった身体に吹き付ける風や、雨。そして匂い。
匂いでとなりの牧場にいるのが牛だとわかるぐらいの再限度だ。

(まるで本当の世界で、豚になっちゃったみたい。なんてね)

空を見上げる。
人間の時と比べたら目の高さは膝ぐらいとなっているせいか、空がとても高い。
青く澄んだ雲一つない晴天。ギラギラと輝く太陽は1秒と見てられない程まぶしい。

(それに…あれも原因ね)

牧場の隣にあるコンクリが露出した無機質な施設を眺める。
この牧場は私たちが訪れた牧場自体を正確に再現している。
それは私たちが体験の為に入った施設も例外ではない。
現実と瓜二つな世界のせいで、混乱してしまう。

(まあ、あの建物中は再現されてなくてからっぽだったりするんだろうけど)

カランカラン、と厩舎のほうから鐘の音が聞こえる。
あれは清掃が終了した合図だ。
戻ると汚くなっていた箇所がすべて取り換えられている。
まだ清掃員を見たことはないのだが…まあバーチャル内だから自動清掃になっていて人は実装されていないのかもしれない。
しばらくすると厩舎の扉が再び開く。
そうすると放牧の時間は終わりだ。
暗くなる前に部屋に戻るとしよう。

ぐぅっとお腹の音が鳴る。
ろくに動いていないのだが減るものは減る。
たまにはお米やお肉が食べたいなあと思いつつもしばらくは叶わぬ夢だろうなと思いながら厩舎へノソノソと4つ足で戻る私だった。

ー続く

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