2018/06/11

TSFカップル

「お客様、おひとりですか?」
「あ、いえ…待ち合わせしてます…」

若干緊張した様子の少女はぐるりと店内を見回す。
見知った1人の女性を見つけ、指をさす。

「あ、あそこです」
「承知いたしました、メニューとお水をお持ちいたしますね」
「ありがとうございます」

ぺこりとお礼をして席へ向かう。
背後から先ほどの店員が、やばいすごいちっさくて可愛い、芸能人かも。みたいな小声が聞こえて少女の顔が少し赤くなる。

「お、おまたせ」
小さな声で声をかける。
スマホをいじっていた女性は自分に声をかけられたとは思っていなかったのか、はっと顔を上げてキョロキョロとあたりを見回した後、目の前の少女と目が合う。

「…えっと…もしかして雄一?」

ラフな黒いジャージを可愛く着こなしているように見える少女は、ガールフレンドに
「…うん」
と返事をした。



半年前、突然の高熱にうなされ倒れた俺が病室で目を覚ました時、
俺は俺でなくなっていた。

鏡に映ったのは顔の小さなロングヘアの女の子。
身体は一回りも二回りも小さくなり、身長も数十cm縮んでしまった。
見た目も大学生から10歳以上違って見えるのは勘違いではないだろう。

運動部なりに鍛えた筋肉はどこへいったのかというぐらい線が細い身体になってしまった俺が、リハビリをしてようやくまともに歩けるようになったのが1か月前、今日はようやく退院となったのだ。

世界でも例がない症例ということで入院から退院まで家族以外の面会謝絶という状態だったため、彼女の瑠璃に会うのも半年ぶりとなる。

「一応、おふくろから聞いてたんだろ?」
「そうだけど、写真も見せてもらえなかったし、まさかこんなかわいい子なんて」

椅子を引いて瑠璃の前に座る。
足がぷらぷらと空を切る。
小さくなりすぎた身体は世の中のほとんどは大人を中心に設計されているのだということを俺に思い出させる。

「その、稀な症状だから電子機器の持ち込みも制限されてて…」

これからも数日おきに病院での検査というなの研究が行われる予定だ。
国としても若返りのような現象を再現できれば世の中を変えうる発明になる、という期待があるのだろう。
政府から生活費や報酬が払われるということで生きていくのに困ることはなさそうだ。

「なるほどね、…ということは今日は別れ話をしに来たのかな」
俺はハッとする。
「なんで…」
わかったのか、というセリフを遮って瑠璃がほほ笑む。
「長年の付き合いだし、なんとなく」

小学生からずっと一緒だった瑠璃。
中学、高校も同じで、大学の志望先も同じだった俺たちが付き合い始めるのも自然なことだったと思う。
…実際は瑠璃は俺の志望先に合わせたらしいというのを後から聞いたのだが。

「私のこと、嫌いになったの?」
「…そんなことはない」

首を横に振る。

「でも、俺こんな姿になっちゃったし」

腕をまくり両手を広げる。
小さな手の平。肉の少ない細い腕。
成長期前の少女のような身体。

「…それに」

両手でジャージの胸の部分を身体に押し付けるように引っ張る。
そこからは薄っすらと膨らんだ、男にはない柔らかな曲線を描く双丘が2つ。

「もう男じゃないんだ、俺。その、胸もこんな風に膨らんでるし」

顔を真っ赤にして説明する。
母親が退院時に買ってきた下着は上下セットだった。
それを身に着けていま、瑠璃の前にいる。

「…その…下も」

目から自然と涙が出てくる。
この身体になってから少しでも心が不安定になると涙が出てきてしまうようになった。
そう、起きたとき俺は見た目だけでなく、性別も男から女へと変わっているのだ。

医者が言うにはこれから女性として改めて成長していく可能性が高い、ということ。
女性のほうが状態としては安定のため、男に再び変わることはないのではないかという見解だった。

俺はこの半年で現状を把握し、女性として、女の子として生きていくことを決めた。
もちろん今もその葛藤がないわけではないが、泣いても喚いても状況が変わることはない。

んー、と思案顔の瑠璃。

「確認したいんだけど、私のこと嫌いになったってことじゃないのよね」
「それは、嫌いになるわけなんかない」

長年一緒にいて、愛してきた瑠璃を嫌うなんてことは考えられない。
俺はぶんぶんと首を縦に振る。

「じゃあ問題ないんじゃない?」
「へ?」
「私はあなたのこと好きだし。あなたは私のことが好き。じゃあそこに性別は関係なくない?」
「…え、え?」

俺の小さな手を瑠璃の手がすっぽりと包み込む。
目から涙が出てくるが先ほどの涙とは違う。心が温かく、キュンとしているからでてくる涙だ。

「これからどうなっていくかなんて分かんないけどね、でも私はずっと好きでいられる自信はあるわ」
「そ、そうか…」

ほっと胸をなでおろしつつ、真っ赤であろう顔を見られたくないので伏せる。
別れないといけない、という気持ちで来たのだが杞憂で済んだのだ。

「今日は予定はないの?」
「あ、ああ」

瑠璃がハンカチで俺の目尻の涙をぬぐいながら聞いてくる。
別れた後、家に引きこもる予定だったのでスケジュールは全くの白紙だった。

「じゃあお買い物行きましょうか」
「買い物?」

瑠璃はそういうとハンカチをしまったカバンからちょっと厚めの封筒を取り出す。

「あなたのお母さんから預かってるのよ。"多分別れよう、とかアホなこと言ってくると思うけど、わざとジャージと下着しか買ってないからこれで服でも買ってあげて"って」

俺の顔が熱くなる。
真剣な面持ちで家を出る時も見送ってくれた母親だが、内心はニヤニヤしていたということか。

瑠璃はコーヒーを飲み干すと立ち上がる。

「さ、じゃあお洋服を買いに行きましょ。可愛いから何でも似合っちゃいそう!」

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