2018/06/19

魔法少女 引退前日譚

小学生の時、ひょんなことから魔法少女に選ばれてはや15年。
数えきれない程の怪人、魔人を倒して世界の危機も2度ほど救った。

魔法少女は愛した人と子をなすことで引退となることは知っていた。
子供ができると同時に世界がまた別の魔法少女を選び出すという。
(敵にやられて死んでしまったときもだけど…)
大学を卒業し、社会人として仕事の合間に魔法少女をやってきた私にとって恋愛というものは縁がないものだったのだが、世界を救った後のひとときの平和、その間に私にもいい男性が現れたのだ。
そして1年のお付き合いの後、少し緊張した面持ちで彼がとうとう次の休みのデートに誘ってきた。
普段よりグレードの高い店で、ホテルも…。
それはつまり、恋愛に経験がない私でもわかる。私も覚悟を決めなければいけないということだろう。

(っといけないいけない。浮かれてないで見回りしなきゃ)

もうすぐ変身することも出来なくなるだろうと思いつつ魔法のステッキを空に掲げる。
光り輝く粒子が身体にまとわりつく。
粒子はその使い手の魔力が最大となる時の年齢まで身体を変化させる。
私の場合は魔法少女に選ばれた時がそれだったため、160はある身長が粒子によって押し縮められ、140cmほどまで低くなる。
ショートにまとめていた黒髪がピンク色に染まり長い長い腰まで伸びるツインテールへと変わる。
着ていたスーツは分解され、これもまたピンク色のゴシックなドレスへと変化した。
タイトスカートもピンクと白を基調としたふわっと咲き誇るようなフレアスカートへ。
黒のパンプスは赤いエナメルの色のショートブーツへ変わり、ソックスが太腿まで伸びてくる。

「…ふぅ」

毎日変身しているとはいえ、25歳になって少女趣味全開なこのファッションは精神的にきついものがあるのだが、魔法少女になっている間は気分が高揚してしまい気にならなくなってしまう。
余談だがその反動で普段はボーイッシュよりな服を好むようになっている。
スカートも仕事以外では履くことはなく、パンツをメインとしている。

「さて…。あら、なにか反応があるわね」

数十km先。
ちょっとモヤモヤとした気のようなものが感じられる。

(あっちって確かお姉ちゃんの家のほうだったかな)

少し年の離れた姉はすでに結婚しており、娘も一人いる。

(たしか梢ちゃん…今、小学4年生だったかな…)

もしかしたら私が引退した後、彼女が魔法少女になるかもしれない。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・

「…なーんてね、って冗談のつもりだったんだけど」

どす黒い空気が漂うのはまさかの姉の家。
鍵が掛っていない玄関。電気のついていないリビング。
どこにも姉やその夫の姿は見えない。

(…2階。まさか梢ちゃんの身になにか)

梢ちゃんの部屋の前に立つ。

(やっぱり、ここ…)

恐る恐る扉を開ける。

「えっ、広い…」

そこには梢ちゃんの部屋はなく、ただ広くうす暗い空間が広がっている。

「あら、もうだれか来たの?」

そこには黒い霧を纏った梢ちゃんがいた。
いや正確には梢ちゃんではない。
小学四年生であったはずの彼女の身長は今の私…いや元の自分よりはるかに高い。

「こ、梢ちゃん…!?その恰好はいったい…」
「…?あら、私の名前を知ってるの?私、あなたみたいな子、知らないんだけど…」

しまった。私は慌てて口をつぐむ。
背丈以上ある大きな杖を片手に持って梢ちゃんは首をかしげる。

「ま、いいわ。説明してあげましょう」

梢ちゃんはつらつらと語り始める。
ある日世界を混沌を与える魔王として選ばれたこと。
魔王の力を行使する際には成長が始まり大人になること。
試しに両親を消し去ったこと。
そして魔王の障害となる魔法少女がいて倒す必要があると知ったこと。

「そしてこれは…あなたをおびき寄せるための罠だったってこと」
「…なんてこと…」

姉夫婦はすでにこの世にいないということか。
私はギリリっと歯噛みする。

「なんでそんなことを…!」
「あら、あなたにもわかるでしょう。魔法少女になると正義感に駆られるでしょう?私も同じように破壊と殺戮の衝動、そしてそれに対する快感が与えられているの」
「許さない…!」

魔法のステッキに魔力を込めると白く輝きだし、そのあふれ出る光で周囲の黒い霧が霧散していく。
強力な魔力を目の前にしても梢ちゃんの表情はピクリともしない。

「…あなたのその怒った顔、どこかで見たことあるわね。…いえ」

梢ちゃんが思案顔をする。
仕草や口調が年相応でないのは魔王になった影響だろうか。
自分が彼女より幼い少女になってしまっていることもあるせいか、梢ちゃんからどことなくカリスマ…威厳、そして恐怖のようなものを感じてしまう。

「ああ、わかった。怒った顔が私に似ているんだわ」

私はドキリとする。
魔法少女の正体がバレる…真名である本名を呼ばれることは敗北を意味すると世界から伝えられている。
変身には認識阻害がかかっているはずなのだが、魔王にはそれが効いてないのかもしれない。

「そして魔力を感じていたとはいえ家に入ってから貴方は迷うことなくここへ来た。間取りを知っていたかのように」

梢ちゃんの顔がにやりと笑う。
まずい、ここはもう先手必勝で攻撃を仕掛けるしかない。
私は梢ちゃんの言葉が出る前に魔力を足元で爆発させ、高速でとびかかる。
「ああ、問答無用ってことはやっぱり図星なのね」

私の名前を知っていて
怒った顔が私に似ていて
この家に訪れたことがある。


「お久しぶりですね。樹(いつき)おばさん」


名前を呼ばれた瞬間、身体に電撃が走り抜ける。

(が、はっ…!)

私はその場に落下し、床に倒れた。
激しい痛みが身体中を走る。
その痛みから逃れようともがこうとするが身体がしびれて一切動かない。

(な、なんで…)
「正解でしたね。樹おばさん」

目の前に梢ちゃんの足が見える。

「魔法少女は正体がバレちゃいけない、なんて変な制限ですねぇ。魔王にはそんなもの一切ないというのに」

杖から出た黒い霧が身体中にまとわりつき始め、ふわりと浮遊感を得る。
どうやら霧が、倒れた私を持ち上げているらしい。
視界に梢ちゃんの顔が映る。

「正体がバレたらどうなるか、私も知らなかったんですけど…動けないんですね」

先程から身体が麻痺してしまったかのように動かない。
身体に流れていた大量の魔力もいまはどこにも感じられない。
防護魔力も一切展開できていない生身で無防備な状態になってしまっている。

「わ、私をどうするの…梢ちゃん…」

身体中がしびれている中、力を振り絞って、かろうじて口を動かし声を出す。

「殺しちゃってもいいんですけど、そうするとまた第2、第3の魔法少女が産まれちゃいますからねえ…封印させてもらいます」

封印…?
どこかに閉じ込めるつもりなのか、と思った瞬間身体に再び電撃が走る。

(な、なに…?)

先程まで動かせた口も一切動かなくなり、眼も動かせなくなり視界が固定される。

(こ、梢ちゃんがさらに大きく…?いえ、違うこれは…)

ぐぐぐと視界が低くなっていく。
私が小さくなっているのだ。
縮小化魔法。
魔力が一切ない状態では梢ちゃんの魔力になすがままである。

「はい、できあがり」

コトン、という音と共に私は床に降ろされる。

「樹おばさん、ご気分はどうですか?ってもう話せないんですけどね」

身体にまとわりついていた痺れは消え去っているのに、身体は1ミリたりとも動かない。
瞬きも、呼吸すらも一切を封じられてしまっているようだ。

(一体、なにが…)
「うふふ、鏡を出して差し上げますね」

手の平に小さな丸鏡を召喚し、私の目の前に置いた。

(に、人形…?)

目の前には魔法少女の姿をした私が、変身の時のポーズのまま立っている。
だがその顔や手は人間のそれではなく人工的な、作り物の皮膚となっている。
衣装も魔力に満ちていて煌めいていたものから、安いサテン生地のまがい物みたいな衣装になってしまっている。
ピンク色とはいえ光り輝いていた髪も単純に蛍光色で染めた安い絹に変化していた。

「んふふ、どうかしらお人形さん」

指でピン、とおでこを弾かれる。
ぐらぐらと身体全体が揺れるが、足と共に固定されている台が倒れることを許さない。

「面白い機構をつけたんだけど、お気に召すかしら」

…なに?
アクションフィギュアみたいにポーズが変えられてしまうとかそういうものだろうか。

「はーい、変身解除っ」

えっ。
一瞬の驚きと共に身体の周りに白い粒子が舞う。

(う、うそ、元の姿に戻っちゃうの?)

白い粒子が収まった時目の前には25歳まで成長…元に戻った私がいた。
だが…。

(ど、どうして服装はそのままなの…!)

厳密に言うと25歳の身体に合わせて服のサイズは変わっているのだが、
元の私に魔法少女の衣装は正直目を覆いたくなるような惨状である。
髪も髪形は元に戻ったのだが、色はピンク色のままである。

「あはは、樹おばさん、そっちの姿も似合ってますねえ」

ケタケタと笑う梢ちゃん。
私は一切の反撃の手段を持たない。微動だにしない顔では感情を出すことは出来ず、心の中で睨むことしかできない。

「これで、新たに魔法少女は産まれないってことで、のんびり世界征服でもしてみようかなー」

梢ちゃんはそういうと魔力を解除する。
黒い霧に覆われていた大きな部屋が一瞬で解除され、彼女の本来の小さな部屋に戻る。

「これは…ここに飾っておこうかな」

床に置かれていた私はひょいっと持ち上げられ、本棚の空いているスペースへ設置される。隣には先ほどの鏡が置かれ、私は嫌でも自分の姿を眺めなければいけなくなってしまった。

「じゃ、そこでずっとご自分のお姿を見ててくださいね。たまに魔法少女の姿にしてあげますから」

(…まさかこんなことになるなんて)

おそらく今週末には彼からプロポーズを受け、
結婚も、魔法少女の引退も間近だったというのに…。
現実は無常で、私は今日この日から一切の自由はなくなってしまったのだった。

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