2018/06/18

所有権の交換

彼女は最近不思議な感覚に襲われることに悩まされていた。

ソレが訪れる時間は決まっていない。
登校中や授業中、果ては家で寝る直前。
恐怖、不安、混乱…といった感情が全身を支配する。
時には何かを失ってしまった、そういう喪失感が彼女を覆っていく。

この感覚は時間にして一瞬…長くても数分で収まる。
あとは漠然とした暗い気持ちの残滓だけが残る。

実際に何かを失ったわけではない。
そう、失ったものなどないはずだった。



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最初にその感覚に襲われたのは数週間前の授業中だった。

「古城(こじょう)さん」
彼女は自分の名前を呼ばれはっとする。
授業中だと言うのにぼうっとしていたようだ。
「ペン、落としたよ」
隣に座るクラスメイトの女子が左手で床を指差す。
古城と呼ばれた女生徒は身体を傾け机の下を覗き込み、ペンを拾う。
「教えてくれてありがとう」
「いえいえ」

クラスメイトは前を向き、授業へ再び集中する。
彼女は拾ったペンをじっくりと見る。
(こんなペン、持ってたかしら)
彼女の手は小さい。
持っている筆記用具は細身の物で揃えている。
今持っているペンは複数色出せるペンで、その芯の分だけ太めの持ち手になっている。
彼女にとってこの種のペンは使いにくいので絶対に買わない。
(買ったっけ…?貰ったんだっけ?)
彼女はわからない、思い出せない。
でも何故かこのペンが自分の物である、という感覚だけはあった。
首を傾げながらペンケースへ放り込もうとする。
(あれ?入らない…)
小さめのペンケースには大きすぎるペンがジッパーを締めるのに妨げになる。
はて。どう考えてもペンケースに収まりきらないこのペンはここに入っていなかったことになる。
このペンをどこにしまっていて、どうやって机から落としたのか。
(わけわかんない)
彼女は仕方なくそのペンをカバンの中へ放り込んだ。

次の日。
体育の時間。
着替えをするために彼女は友達と更衣室へ入る。
ロッカーの前に立ち、袋から体操着を取り出す。

(…あれ?短い…?)

この学校は体育に指定の青い色のジャージを使用する。
夏用、冬用で二種類あり、生地の厚みのほかに、夏用は半袖、ハーフパンツの組み合わせとなるのだが…

(ん…なにこの紺色のパンツ…)

袋の中にハーフパンツは見当たらず紺色の下着のようなもの。

(これってブルマじゃない…なんで…)

スカートの中が見えても大丈夫なように履く衣類。
昔は体育ではこれを着用していたと、彼女は母親から聞いたことがある。

(ってあれ、これ私のよね…。体育のとき…これ着てたんだっけ…?)

ハーフパンツを忘れたのかも…と思った彼女は一瞬ピクリと震えた。

(そうだ、私これをいつも履いてたじゃない…いったいどうしちゃってたのかしら)

彼女はブルマを履くとスカートを脱ぐ。
太ももがあらわとなり、おしりの形がハッキリと確認できるがそれはブルマなので当たり前のことだ。
下着がはみ出ていないかチェックをする彼女。
周りの友達はとうにジャージとハーフパンツに着替え終わっていた。

「いこ、古城さん。遅れちゃう」

一人だけ体育にブルマ姿という古い服装について指摘することはなかった。彼女の友達も、教師でさえも。


次の日。
ベッドから起き上がった彼女はクローゼットから着替えを取り出そうとする。
(下着…下着っと…)
下着が入った引き出しを開ける。
そこにはトランクス、ボクサーパンツがずらりと入っている。
(あ、れ…?)
彼女は寝起きの頭で違和感を覚える。
男物の下着ばかりが詰まっている引き出し。
母親が間違えて父の下着をここに入れてしまったのだろうか。

(ってそんなわけないじゃない、全部私のだわ)
お気に入りのトランクスを1枚取り出す。
(あれ、上にもなにか身に着けていたような…。いつもペアで買ってたような…って。ペアってなによ。下着なんてパンツだけに決まってるじゃない…)
パジャマを脱ぎ捨て、トランクスを履く。
白いシャツを直接着こみ、そこへ制服であるセーラー服を着こんだ。
胸の周りが心もとない気がするが、いつもこんな感じだったかもしれない。
と考え直した彼女はそのまま着替えて部屋から出て行った。

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最初は半信半疑だった。
起きたら頭の中に浮かんできた「不思議な能力」のことなど。

―自分の「物」と相手の「物」を交換する能力。

俺は単に「交換能力」と呼んでいる。
使い方は簡単だ。
交換したい物を手に持った上で、交換したい所有者を思い浮かべれば、その所有者が持っている「物」と所有権が一切合切入れ替わる。

制限としては同じカテゴリの物でしか交換ができないということだ。
ペンならペンとしか交換できず、スマホと財布を取り換えるといったことはできない。

交換したいものは自分のものである必要はない。
ブルマは年の離れた姉(もう結婚して家を出ていっている)から拝借して交換してみたところ、その瞬間に学校指定のジャージに様変わりした。

翌日、交換された古城さんがブルマ姿で走っているのを見て内心ニヤニヤしたものだ。
周りも誰一人その異常さに気がつくことはない。
そう、本人すらも。

今日は自分のトランクスすべてを古城さんの下着と交換してみた。
驚いたのはブラジャーもセットで交換されたことだ。
上下お揃いのものだったかもしれない。

うっかりしていたのだがすべて交換してしまったので、古城さんの下着を身に着けなければいけなくなってしまった。
小さな布地を引っ張って履きあげる。
ぴたっと吸い付くように張り付いた下着は窮屈ではあるが肌触り等は心地よい。
息子が収まりきらないがそれはまあ仕方がない。

ブラジャーはどう考えてもサイズが合わないので諦めた。
とはいえ仮に身につけたとして、それを見られても、古城さんを含め誰一人怪しむことはないだろう。

次は何を交換しようかな。
スクール水着を交換しちゃったらどうなるだろう。
制服を交換したら…
楽しみはまだまだこれからだ。

4 件のコメント:

  1. こんな話し大好きです。

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  2. いいですね!
    ぜひ体のパーツの所有権も交換していただきたい。

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  3. 控えめに言って最高でした。仮にいつかこの題材を書く機会があるのなら、スクール水着だとか、習慣だとか、そういうものも交換して欲しいです……兎に角、良かったです

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  4. いいですねぇ
    この途中まで違和感があるのが最高です!
    ぜひ続きを書いてください!

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