2018/05/16

高原さんと憑依能力

今は数学の定期テスト中で、教室の中はペンを走らせる音以外は静かである。
監督の教師は教卓の前で肘をついたまま、眼をつむっている。

(…さすが高原さん。もう終わったのか)

隣に座っている女生徒は学年トップの成績を誇る高原さん。
長髪でラフな印象がある彼女だが、いわゆる天才、言動はクールで、浮いた話は一切聞かない。
クラスでも特定の女子グループになじむことはせず孤高を貫いている。
そんな彼女はすでに解答を終えて伏せて寝ているようだ。
答案は裏向けになっており、解答を見ることはできない。
(むふふ…じゃあお邪魔します…高原さん)
僕は高原さんと同じように机に伏せ、高原さんと"全く同じポーズ"を取る。
これが僕の最近目覚めた能力発動のキーである。
30秒後、一瞬の浮遊感を得ると成功の合図だ。

ムクリ、と身体を起こして両手を眺める。
紺色のセーラー服の袖が目に入る。
そして胸元には本来の僕であればついていない、二つの大きなふくらみ。
(よし、成功だ)
高原さんの身体になった僕は身体の確認はそこそこに、ひとまず裏向きになっている答案をひっくり返し、自分が解けなかった問題に目を通す。
(そうか、ここはこう解くのか…)
時間にして2-3分。あらかた見終えた僕は答案を元通りに裏返しにしたうえで伏せる。
戻る方法も同じだ。
僕(といっても抜け殻だが)と同じポーズを取ればいい。
伏せたまま気を失ったので先ほどと変わりはない。
………
……

よし、戻った。
僕はペンを握りなおすと先ほど確認した問題を改めて解きなおした。
便利な能力なのだが乗り移っている間はその人の意識はなくなる。
元に戻った時に本人にしてみたらいきなり時間が数分、最悪違う場所にいる、ということでパニックになりかねない。
僕はこの能力の露呈を危惧して使いどころはかなり限定している。
今のところバレることはしていない。




放課後。
「君は私に乗り移ってカンニングをしたね。発動条件はなんだろうか。有力なのは同じ体勢になることではないかと思っているのだが」
…速攻バレた。
「…なんのことかな」
「答案を戻すときはちゃんと位置も合わせないとね」
高原さんが自分の机を指さす。
そこには1本のライン。
「封筒の封印のようにしておいたのだよ」
「…寝てる時にずれたんじゃない?」
「…それなんだが、私は伏せているときに寝ていなかった。時間をカウントしていたんだ。それによると終了のタイミングが3分程早かったのはずなのだが、教室の時計はあっていた。どういうことだろう」
「カウントが早すぎたんじゃない?」
「…なるほど。では先ほどの問7なんだが、君はどう解いたかな。実は私は正攻法とは違う方法で回答していてね。もし隣同士で同じように変わった解き方をしていたら…教師はどう思うだろうね。ちなみに私はこれまで1位を取り続けている」
「…」

これはまずい。
学年トップと同じ解き方をしているというのは怪しまれるかもしれない。
カンニングとされれば学校生活に影響がでてしまう。

「もし認めてくれるのなら、カンニングについてとやかく言うつもりはない、怪しまれても私が君に勉強を教えてあげたと教師に伝えることもできなくはない」
「う、認めるよ。ごめんなさい」

そうか。とうなずく高原さん。とてもクールだ。

「数週間前にもちょっと違和感を覚えてね。今回は罠を張っていたんだ」
…たった2回で気が付かれてしまうとは…。相手が悪すぎたかもしれない。
「…でも"憑依"が本当だとして、なんで僕だと?」
「君は直前まで回答に窮してペンが止まっていただろう。答案と机のズレが確認できた直後に君はムクりと起きて、猛烈な勢いでペンを動かし始めた」
まあ、そりゃ時間がないからね…。
「なるほど、いろいろ詰めが甘かったわけだ…で誰かに言うのかい」
「言わないよ」
こんなこと信用されないだろうしね、内緒にしておくさ。と肩をすくめる高原さん。

「で、同じ姿勢を取る、というのもあっているのかな。こちらは半分ぐらい勘なのだが」
「あってるよ。同じポーズを30秒、取り続けるんだ。そうすると憑依ができる」
「なるほど。つまり動き続けている人物には憑依が難しいんだな」
「そうなるね」
「範囲は?」
「範囲?」
「憑依できる距離だ。例えばここからアメリカの大統領に憑依できるのかい」
「ああ、それは無理。正確に測ったことはないけど10mぐらい近くにいないと無理」
「根拠は?」
「教室の対角線上の人には憑依できなかった」
「なるほど。教室の1辺は8mぐらいだからそんなもんか。時間は?どれくらい憑依していられるんだ?」
「時間は…限界があるのかどうかは試したことがない。今まで最長でも10分ぐらいで戻ってる。自分の身体から離れるのが怖かったから、憑依した後にどれくらい離れても大丈夫かもわからない」
「なるほど、じゃあ試そう」
「は?」

ほれ、と高原さんは両掌をこちらに向けてくる。

「私にもう一回憑依してわかってないことを試してみてくれ」
「なぜ」
「興味があるからだ。そしてその力で頼みたいことがある」
「嫌だと言ったら…」
「言える立場ではないのは分かっていると思うのだが」
「…まあ、そうだね」
「なに、悪いようにはしない。君としてもその能力をもっと知りたいだろう」

ほら、と高原さんは足を肩幅程度に広げ、手も軽く広げる。

「わかったよ、じゃあいくよ」

向かい合った状態で高原さんと同じポーズをとる。

「…どこまで厳密に同じポーズをする必要があるんだ?」
「わからない、けど大丈夫だよ。能力の発動条件を満たしているかどうかはなんとなくわかるんだ」
10秒、20秒…
「なるほど、おしゃべりぐらいはしてても大丈夫、ということか」
「そうだね」
30秒後。

一瞬の暗転と共に目の前の高原さんが急に男子生徒に変わる。
…いや、これは僕だ。

ふらふらと揺れだした僕の身体を慌てて支える。
(うっ、重い)
高原さんの身体では男子生徒の体重を長時間支え切ることが難しい。
僕はなんとかして身体を椅子の上に座らせた。

「さて…まずは離れてみるか」

憑依能力に目覚めたのは1か月ほど前。
頭の中に突上浮かんだ、能力とその発動方法。
半信半疑で妹に試してみたところ本当に憑依できてしまったのが始まりだ。
そのときもリビングに母親がいたため、あまり詳しく調べることができないでいた。

なぜなら憑依後は自分の身体が無防備…仮死状態となってしまうので、なるべく第三者がいない状況…またはそうなっても怪しまれない状況が必要だった。
しかし1:1の時に相手が静止している必要があるのと、同じ姿勢を取るという条件はなかなか満たすことができず、あまり能力を発動する機会はなかった。

そのなかで試験中なら…と思って始めたのが2週間ほど前の小テストのとき。
そして定期テストの2回目でバレてしまったあたり、僕は小物である。
ともかく、とりあえずは距離を測ってみよう。
ガラガラ…と引き戸を開けて廊下を覗く。
放課後とあってすでに部活動や帰宅をしている生徒が多く、廊下には人気がない。

こそこそと隠れるように廊下を歩く。
高原さんは勉強はできるが真面目、というわけではない。
校則に髪は肩にかかる程度までとあるが、腰まで届くかどうかまで伸ばしている。
制服も上はカスタマイズ上等、スカートは校則違反の間違いなしの短さである。
(全国模試も上位らしいし…先生も特に強くは言わないな)
東大どころか海外の大学も視野に入っているのだから、学校の宣伝にもなるし、下手に刺激して本人のやる気や機嫌を損ねてもいいことはないので、半ば公認状態である。

(今時男子の短パンですらこんな短くないぞ…)

ちょっと前かがみになろうものなら下着が見えてしまいそうな長さに戸惑う。
時折見かける鏡に映る姿からは健康的な太腿を惜しげもなくさらしているのが確認できる。試験のときには気にならなかったのに、今は剥き出しの肌に触れる空気にも敏感になってしまう。

そしていままでバレるのを恐れて数分で戻っていたこともあり、女子の身体というものを堪能する機会はなかった。
高原さんはスタイルも抜群で、胸も同級生の中では大きいほうだ。
真下を見下ろすと大きな双丘が2つ。
ごくり、と生唾を飲み込む。
両手がつい動いてその柔らかさを堪能してしまいそうになるが、人がいないとはいえここは学校。どこから見られているかもわからない。
僕は理性で欲望を抑えつつ、 玄関へ向かう。

(あっ…)

1階まで降り学校の外に出ようとしたとき、視界が一瞬の暗転し、僕は教室に戻っていた。不安定な体勢で机にもたれかかっていたため、若干の痺れがある。
ここから校門までは100m程だろうか。
僕は窓から外を見下ろすとそこには高原さんがいてこちらを向いて手を振っていた。


「どうやら100mぐらいだね」
教室へ戻ってきた高原さんが僕と同じ見解を示す。
「でも離れればすぐに戻ることができる、というのはいい発見だったよ、高原さん」
僕は戻る方法が憑依する方法と同じことを伝える。
「とはいえ、一瞬のうちに教室から外にワープしていることに驚くよ」
「そうだね、本当は同じ体勢で戻るのが一番怪しまれないよ」
「ところで…」
高原さんがちらりと意地悪そうにこちらを見る。こんな表情は初めて見た。
「戻った時に若干心拍数が高かったのだが…どうしたのかな?」
「え、いや…緊張してただけだよ」
「そうかそうか。私の身体に触ってみたいとかそういうのじゃないんだな」
「も、もちろん」

僕は冷や汗をかきながら弁解する。
バレバレかもしれないが白を切りとおす。


「まあいい。さて、次は時間を測ろう」
「まって、高原さん。さすがにもう時間がないよ。学校が閉まるし」
「…そうか。ところで君」
「うん?」
「今日の夜は空いているかね?」



なぜだろう。昨日まで隣の席というだけで話したこともなかった才色兼備清楚系ギャルのお部屋へお邪魔してしまっている。
…どうしてこうなったのだろう。

「君もその能力、もっと知りたいだろう?ほらほら」
 両腕で胸を挟み込むようにしてこちらを挑発してくる。
僕は慌てて目を逸らす。
「まあ、能力の詳細は知りたいけど…」
「じゃあ試そうじゃないか。気になるだろう、女の子の身体」
「そ、そういうことじゃなくて…」
口は否定するが内心はそうでもない、というのは見透かされているだろう。
高原さんがコホン、と咳払いをする。
「さておき、私があと知りたいのは2点」
「2点?制限時間のほかも?」
「うむ、もう1つは対象の指定だ」
「対象?」
「まあ一度やってみようか。今の時間なら…恐らくこうだな」

高原さんは自分の勉強机の椅子を引くとそこに座らせるように促してくる。

「勉強するようなポーズをして」
「う、うん…」

教科書を左手で押さえ、右手でペンを持つ。

「そんな感じかな。じゃあしばらくそのままで」

 高原さんが部屋から出て行ってしまう。

「…?」


意味が分からなかったのだが、しばらく待っていると能力が成立している感覚が生まれてくる。
身体の中で魂が、こう広がっていくような離脱していくような感覚。
30秒立ったのだろう、意識がブラックアウトした。



「はっ」

部屋の雰囲気が一瞬で変わったことに気が付く。
先程の飾り気のない部屋に比べてずいぶんとファンシーでピンクな壁紙で、ぬいぐるみがたくさん飾られている。

「その様子だと、成功したようだね」
「あ、高原さん?!」

自分の隣には先ほど出て行った高原さんが腕組をして立っていた。

「え、じゃあこの身体は…?」

慌てて身体を確認する。

続く



















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