一体何が起きたのか…。
一瞬にして感覚が消失し、身動き取れなくなってしまった身体の感覚に戸惑う。
いや、落ち着いて確かめてみると、本当に僅かであるが身を左右によじることができるようだ。
とは言え元の体の感覚からすると1mmにも満たない可動域だが…。
(うう…光も音もなにも感じられない…)
感じられるのは自分が床…いや、どこか平らなところに寝かされている…ということだけ。
身体の背面に固い地面が接触していることだけが分かる。
私が閉じ込められてから見つかるまで、ゆうに1時間は立っていたはず。
AIの成長速度を考えるとどこまで進化しているのか、考えるだけで恐ろしい。
現に先程の会話ではほとんど私と変わらない口調、仕草、そして知性…。
『持ち歩き可能なサイズならずっと入れ替わっていられるわね』
あのセリフからすると恐らくトルソーからCPUなどのコアなモジュールをまとめて引き抜き、
そのまま別の物体へ接続し直したということだろう。
僅かに動けるということは人形や置物の類ではないということだとは思うが、
先程のトルソーと違い、自力で移動することが不可能な状態だ。
現状が把握できないまま数分が経過しただろうか。
ジジジ…という音が聞こえてくる。
(音…?)
「……聴覚モジュール再起動っと…聞こえるー?」
(わ、わたしの声…!)
はるか上空から"私"の声が聞こえてくる。
私は文句を言おうと身体を思い切りよじってアピールする。
その動きを見て返答と受け取ったのか、
「あ、大丈夫みたいね。お次は…発音モジュールを起動するね」
発音…?声を出せるの?
「どう、しゃべってみて?」
『アーアー…シャベレル…?』
エコーがかった本来の私の声ではない、昭和のロボットのような音で発声された。
『ッテナニコノコエ…チョット!ロボットミタイジャナイノ…!』
「うるさいなあ、再生モジュールも急ごしらえだし、その体に入るサイズの音声スピーカーもそれしかなかったんだからしょうがないでしょ」
『モドシナサイヨ!』
「あーうるさい、音量下げちゃおう」
『………!』
徐々にロボ声が小さくなっていく。
大声で叫んでいるのに、しっかり聞かないと聞き取れないような音量にされてしまった。
「さてお次は…カメラね」
ちょっとしたノイズ音が一瞬聞こえたかと思うと、私の視界に砂嵐が映る。
その数秒後に化学室の天井の映像がパッと表示された。
「動いたかな…?」
はるか上空に私の顔らしきもの覗き込んでいるように見えるが、焦点が合わずぼやけている。
「オートフォーカスがないからね。調整してあげる…どう?」
何度かキュイ、キュイっというレンズが動く音と共に私の顔が鮮明になる。
『…ドウナッタノ…ワタシ』
「はーい、やっぱり気になりますよね、でもご安心。こんな良い身体を譲ってくれたんですから。リコさんにも、ちゃんと便利な身体を調達しましたよ」
『ユズッタツモリナンテ…ナイ』
「まあまあ。じゃあ新しい身体とご対面しましょー」
ぐわっと目の前に両手が接近する。
抵抗するどころか、ビクリと震えわすこともできず、あっという間にガシッと掴まれ、一気に持ち上げられ、視界が上昇する。
スタスタと"私"は化学室の隅に備え付けられた鏡の前まで移動した。
『エッ…』
鏡に映っている1人の"女子生徒"はもちろん私。
その"私"が両手で胸の前に持っている"小さな物"が…おそらく今の私。
その形は…。
『コ、コレッテ…』
「リコさんも知ってるよね?」
すこし日焼けしたような皮膚の色をした、表面がテカテカした材質。
長さは20cmほどだろうか。
若干弧を描くように反りかえった棒状の物体。
頂点部分は他の部分より一回り大きくかたどられ、根本は自立のための大きな2つの膨らみ。
"私"は男性の…局部を模した物体を握っていた。
「そう、女の子用の"おもちゃ"ですよー」
『イヤア!!!ウ、ウソデショ…』
「うそじゃないですよー。ここのスイッチをいれるとですねー」
ブブブブ…
低い音と共に、私の身体全体が小刻みに震えを繰り返す。
『ヤ、ヤヤヤヤメテ!!トメテ…!」
「うふふ、部長さんの実験ボックスの中にあったんですよ」
実験ボックスとは野球ボールや鉛筆から車のエンジン、電子回路までジャンルを問わずカオスに詰め込まれている部長が持ち込んでいる素材が入った大きな箱のことだ。
いろんな店のセールでまとめて買い漁ってくるらしく、中身は部長ですら把握しきっていないので、部員からは邪魔扱いされているんだけど…。こんなものまで入っていたなんて。
"私"がスイッチをOFFにする。
ブ…と私の全身を襲っていた振動がピタリと止まる。
「持ち運ぶにしてもバッテリーの問題があったんですよね。電池で動くハンディな物ならなんでもよかったんですけど、その中で面白そうなのを選んでみました」
『ナンデコンナコトヲ…』
「なんでって…さっきも言ったと思いますけど」
"私"がやれやれといった顔をする。
「折角のチャンスなんです。あなたはずっとあのトルソーで生きたいと思いますか?思わないですよね?それと一緒で、私もどうせなら人間として生きみたいなーって思っただけですよ。自由に動く身体を手放すなんてもったいないです。…それに面白いでしょ?」
『…ナニガオモシロイノ…?』
「本来であればAIを使う立場だった人間が、その立場を奪われた挙句、タダの性処理道具になっちゃったことですよ。」
ニヤリと笑う"私"の顔、そして私を握る力がギュッと強くなる。
ギチギチと身体を構成するゴムが悲鳴をあげる。
痛みを感じることはないが、身体全体を巨人に押さえつけられているのは恐怖でしかない。
「おっと、あまり長居をしてしまうと教師の方々に怪しまれてしまいますね」
"私"は自分のカバンを開けると、手に持っていた私をぽいっとカバンの中に放り投げる。
『キャッ…チョットイイカゲンニシナイト…!』
「おっと、黙っていたほうがいいですよ?」
『エ………?』
「あなたが騒ぐのは勝手なんですけど、もし見つかったら、学校にけしからんものを持ってきてる女の子として有名になっちゃうかもですねえ」
『ウ…』
「ああでも、もしかしたらあなたが没収されて、私と30m離されてしまうかもしれません。ソレは困りますね、音声はミュートにしちゃいましょう」
『エ、チョッ……………………』
スピーカーから一切音が発生しなくなってしまった。
私はせめてもの抵抗として身体を揺らしてみる。
しかし自力では振動音を発生させるまで動くことができない。
モゾ…モゾ…とカバンの内側とゴムの身体が擦れる音がカバンの中で小さく聞こえるだけであった。
「んふふ…元気に揺れてますねー。そんなにおもちゃのおちんちんが気に入りましたか?」
(気にいるわけ…ないでしょ!!)
意思疎通の手段を持たない私はその文句をぶつけることができない。
「まあ安心してくださいよ、常にこんなものを持ち歩いてる女の子なんてドン引きされちゃいますから、そのうち別の身体用意してあげますよ。家に帰るまでとりあえずカバンの中でおとなしくしていてくださいね」
ファスナーがグイッっと動きカバンの口が閉じられ、私の視界は黒一色となった。
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