美星はテーブルの上に置かれた幼稚園児の服装を尻目に、PCを立ち上げ、今回の件について調べる事にした。
しかし検索してみても、美星と同じような境遇の人はいないのか具体的な回答を見つけることはできない。改めて確認できたのは抽選に選ばれた場合は必ず入園しなければいけないこと。例外に病気や転勤等の事情は除く、書いてあるが入園の上限年齢みたいなものは記載されていない。一方で架空の園児で申請して枠を転売していた業者が摘発され実刑になっている記事は散見された。
「…いくらなんでも成人して仕事もあるのにいまさら…」
そもそも会社になんと伝えればよいのか。
幼稚園に通うので辞めます、なんてバカバカしくて信用されない。
(もしかしてなんかのいたずらかも…?)
または新手の詐欺手段とか…。
美星はそんな可能性も考える。
あの園児服を着て、マンション前で送迎バスを待っています、なんてことになればご近所における美星の社会的地位は崩壊するだろう。写真を取られて脅迫されるのかもしれない。引っ越すしかなくなる。
「やっぱなにか、たちの悪い冗談…よね」
美星はそう結論付けた。
机の上においてあった名刺三枚をゴミ箱にビリビリと破いて捨て、置いていった制服も袋を開封せずにそのまま置いておくことにした。
翌朝。
昨日のことをすっかり忘れた美星はいつものよう起きて髪の毛を整えて後ろで1本に縛る。かけてあったスーツに着替えてから化粧をする。
作り置きの朝ごはんを食べ終えて時計を見ると7時30分だ。
美星はいつものように会社へ出かけようと、家の扉を開けた。
「美星さん」
開けた扉の前に池上が一人で立っていた。
一瞬恐怖を感じたが、美星は騙されないぞと毅然とした態度を取る。
「…なんでしょうか池上さん」
池上はふうとためいきをつく。
「あなたは幼稚園へ通わないといけないんです。これは国が決めたルールで、逆らうことは許されません。スーツを着ているということはご理解いただけてないと判断するしかなくなってしまいます」
「そんな詐欺には引っかかりません。…昨日いろいろ検索したんですがそんな事例ありませんでした」
「…なるほど。我々があなたを騙していると」
「違うんですか?私、忙しいので失礼しますね」
池上を押しのけて廊下へ出る。
「出てしまいましたね…仕方ありません」
池上はそう言うと美星の肩に触れる。
「…なにを…痛っ」
ちくっとした何かを刺された感触と共に美星の身体から力が抜けていく。
(え、…なにをされたの)
池上によりかかるように倒れた美星。
そのまま抱きかかえられるように美星の部屋のベッドの上に運ばれ、寝かされる。
(手が…足も動かない、なんで…)
「ご安心ください、このような反抗をする人達をおとなしくさせるためのナノマシンです。一種の麻酔みたいなものなので後遺症はありませんよ。まあ安定するまではしゃべることも動くこともできないでしょうが…いまのうちに準備しちゃいますね」
部屋にはいつの間にか2人のスーツ姿の女性が入ってきていた。昨日も来ていた女性2人のようだ。
池上はカバンからノートPCを取り出すと隣のキッチンへ姿を消した。
2人がベッドに寝ている美星に近寄る。
「池上さんは一応男性ですからね、着替えは我々が行います」
(…着替えって…まさか)
美星は嫌な予感がした。自分に伸びてくる手から逃げようとするが、美星の身体はわずかにピクリと震えるだけでされるがまま。あっという間にスーツやシャツが脱がされ、ショーツとブラジャーだけの下着姿にされてしまう。
「上野さん、下着もこちらを指定されています」
「おっといけない、ありがとう野明さん」
あっという間に残りの2つも脱がされ、生まれたままの姿になる美星。同じ女性にこんなことをされるなんて屈辱を感じる。
「じゃあいまから…これを付けますね」
(なによそれ!おむつじゃないの!)
野明と呼ばれた女性が手に持っているのはショーツではなく、モコモコとした紙製の下着。
そう、サイズこそ違えどそれはトイレが一人でできない幼い子供が付けるオムツであった。
「はい、ちょっと足を広げて―」
上野が美星の太腿に手をかける。
脚も正座をしてしびれてしまったときのように感覚が失われており、一切の抵抗なくグイっと広げられ、がに股にされる。
お尻を軽く持ち上げられオムツが敷かれる。
上野はそのまま慣れた手つきで美星にオムツを交換し終えてしまった。
「上は?」
「つけないようです。まあ幼稚園児はブラジャーしないですし」
「そう」
胸をさらけ出したまま放置される美星。
野明がとなりからビニールに包まれた園児服一式を運んでくる。
(やめて…おねがいだから)
表情で、視線で二人へ訴えかけるが、気に掛ける様子もなくビニールを剥がして衣服を取り出す。
美星はベッドから起こされ、ベッドに腰掛けるような体制にされた。
手慣れているのかあっという間に園児服を着せられてしまう。サイズはなぜかぴったりだった。
「うふふ、お似合いですよ」
目の前に姿見には変わり果てた美星の姿が映っている。
明るい青の長袖スモックを着せられ、短い赤いスカートと大きく露出した太腿、靴下は白とピンクのストライプだ。大人が着るにしては短すぎるスカートの裾からはオムツがその存在感を隠さず主張している。
そして朝整えたはずの化粧は落とされ、髪の毛は解かれて幼い感じのするツインテールに結びなおされていた。
(あ…あ…そんなほんとにわたし、こんな)
「池上さん、終わりましたよ」
「はい、こちらも大体終わりました」
(…?池上さんはいったい何をしていたのだろうか)
「美星さん、聞こえますか?」
(聞こえているわよ!さっさと元に戻して!)
美星はキッと池上を睨む。
池上はそんなことは意に介さず、淡々と説明をし始めた。
「いまからナノマシンに設定を送信し、美星さんを動けるようにします。ただ、気を付けてください。いままでのように動こうとすると怪我をしますよ」
(…?何を言ってるの、そんなことになるわけがないでしょ)
動くようになれば暴れて、警察へ連絡してやる、美星はそんな算段を立てる。
「じゃあいきますよ、エンター…っと」
手に持っていたノートパソコンのキーをタン、っと叩く。
その瞬間に感覚がなかった手と足に、力が入れられるようになる。
(やった…!)
美星は勢いよく立ち上がろうとするが、身体の反応が鈍い。おかしい、そう思った瞬間に身体がビクンと立ち上がろうとする。
(え、ちょっと…)
美星の身体は前のめりに立ち上がろうとし、そのまま地面に頭をぶつけそうになるが、そこを上野と野明が支えることでなんとか激突は回避された。
2人の手を振りほどこうとするが、2人の力が強すぎて外すことができない。
(…身体がうまく動かせない…?力もうまく…入らない…)
いや、厳密にはいつもと同じように力を入れているはずなのだ。なのに実際に身体を動かす段階でそれが恐ろしく非力な動作になっている。
そして身体の反応も何かおかしい。
反応がとても遅い、部位によってはたまに反応しなかったり。
ポンコツな機械を物凄く離れたところから遠隔操作しようとしているような感覚。
美星は手のひらをじっと見つめる。
指の1本1本がうまく動かせない。
10段階のギアの自転車に乗っていたのに、急に2,3段しかないギアに変わってしまったような…。
試しに指を1本だけ曲げようとしても全ての指が連動して曲がってしまう。
(いったい何をしたの…?)
喋ろうとして、口はまだ動かないことに気が付く。
「落ち着きましたか。美星さん。あなたは反抗的だった、ということで幼稚園へ通うのにふさわしい…いや、通わざるを得ない能力にナノマシンを使って制限させていただきます」
ナノマシン…玄関前で首に打たれた…あれ…?
美星は信じられないという気持ちで話を聞く。
「まずは能力の制限です。美星さんはこれから幼稚園に入園…つまり一番下の3歳のクラスにはいってもらいます。なのでいまの美星さんは平均的な3歳児と同じぐらいの能力になっています。試しに立ってみてください」
美星は2人に支えられながら、立ち上がろうとするが、足がプルプルと震えてガクッと膝をついてしまう。
「これは3歳児の力では美星さんの体重を長い時間支えることができないのです。なので美星さんはしばらくの間は足で立つことができません。そうですねつかまり立ちであれば問題ないでしょう」
「手をつかった動作、器用さといいますか、それも制限しています。今の手ではパソコンのキーボードを打ったり、スマホを片手で持ったり、箸を使ったりは難しいと思いますので気を付けてください」
上野が池上にひそひそと耳打ちをする。
「あ、そうでした。女性なのでこの辺りは気になってしまうと思うのですが、生理はナノマシンのおかげで止まります。最低でも卒園までは月に1度悩まなくても済むと思います。その代わり、3歳時というのは排便がまだうまく処理できません、しばらくはオムツで過ごしていただくことになりますが、粗相をしたら幼稚園の先生に取り換えてもらってくださいね、ご自分ではおそらくできないと思いますので」
「最後に、これまでしゃべることができないので億劫だったと思いますが、こちらも今から解放しますね」
タン、という打鍵音と共に口周りの筋肉の感覚が戻る。
美星はこんな人権を無視した行為を許さない、訴えてやる、と叫んだつもりだった。
しかし美星の口はパクパクと口パクをするだけで音を発しない。
「な…なんで…?あ、しゃべれる…」
池上はクスリと笑う。
「3歳児の語彙っていくつかご存知ですか?一般的な大人が5万語ぐらいなんですが、それに対してわずか1000…つまり2%程なんですよ。ナノマシン自動語彙変換機能をつかう担当者もいるんですが、私はそういったことはしない主義で、3歳児が一般的に話さない語彙が含まれているとナノマシンが判断した場合、一切声がでないようにしています」
ありとあらゆる文句を言おうとしているのに、
美星の口はパクパクと唇を動かすだけで音は一切出てこない。
「何が使えて、何が使えないかは自分で調べていくとよいと思いますよ。先生やお友達と意思疎通するためには時間がかかってしまいますが…それも幼稚園児にはよくあることですので…」
池上が時計に目をやる。
「おっとそろそろ8時ですね。お迎えのバスがきます。お姉さんたちと手をつないでマンション前まで行きましょうか?」
すごくいい展開です。素晴らしいです。
返信削除続き期待しています!
素晴らしい物語ですね♪
返信削除これからは幼稚園でオムツ生活の始まりですね(^-^)/
羨ましい限りです(笑)