2018/05/01

23歳、入園する(1)


今年で社会人3年目となる美星が家に帰ると待っていたのは黒いスーツを着た3人の公務員であった。

「あ、あの…?」
「明方美星さんですね?私は児童省の待機児童問題を担当しております池上と申します」
「はあ…」

差し出された名刺を受け取る。
1人は男性で残りの2人は女性。
3人とも同じ部署から来ているようだが、美星には心当たりがない。

「待機児童…ですか?私、子供はおろかまだ結婚、彼氏もいない独身なのですが」

美星は仕事で忙しく、大学時代から付き合っていた彼氏ともつい最近破局したばかり。
どう考えてもこの人たちと縁のあるようには思えなかった。

「美星さん、あなたのご両親は20年前、あなたが3歳のときに幼稚園への入園を申請しております」

その話は美星は両親から聞いたことがある。
当時は都市部の人口集中から幼稚園が不足し、通えない子供が続出し、美星もその1人だった。結局入ることができなくて、美星は幼少時、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に過ごしたのだった。

「はい、そう聞いております」
「この度ですね、美星さんの入園が許可されましたのでご案内に参りました」
「…は?」

美星は池上が何を言っているのか理解ができなかった。
自分が幼児に見えるはずがない、と。

「ですから、ここ数年でようやく保育士の待遇改善や都市部での施設の増設が容易になったこともあって、待機児童問題が解決しつつあるのです」
「はい、で、なぜ私が入園なのですか?」
「こちらの通り、20年前にご両親が提出された入園申請に基づいてご案内しております」

すっと出される資料。
そこには入園希望と書かれており、両親の字で美星の名前が記載されている。
池上が指をさすのは一番下部。

☑ 申請が通るまで、翌年以降も繰り返し応募する。

「え、冗談でしょう?」
「いえ、我々は資料に従ってご案内しております、冗談などでは…」
「普通、小学校に入れる年齢になったら無効になるでしょう」
「ほかのご家庭では取り下げ申請というものを提出していただいております」

サンプルですが、と渡された資料は確かに申請の取り下げを行う資料だ。

「はあ、では両親が提出し忘れていたのでしょう。取り下げを出さないといけない、ということでしょうか?」
「いえ、もう取り下げはできません。来年度の入園が認められてしまいましたので」
「冗談もいい加減にしてください!私はもう社会人なんです!今更幼稚園に通うわけないでしょう!」

池上は「ふぅ…」とため息をつくと
もう一枚の用紙を取り出す。

「その場合、我々はあなたを逮捕しなければなりません」

池上が言うには、待機児童問題を解決するために根拠となっていた待機児童の数、それが虚偽であるということは問題であるということだ。

「虚偽だなんて…そんなつもりは。私の入園枠は他のお子さんに回してあげてください」
「枠の融通はできません、そうしないと金銭問題が必ず起きますので、法的に禁止されております。待機児童問題は解決しつつあるとはいえまだまだ待機児童は存在します。あなた一人のわがままは許されません。まあそもそもあなたに拒否権はありません。かならず入園していただきます」
「えっ、でも私は会社が…」
「もし入園されない場合、ご両親は拘束され、あなたも逮捕となります。どちらにせよ会社には通えませんよ」
「そんな…」

池上はそういうと後ろに待機していた女性に指示を出す。
女性は持っていた大きなカバンからビニールに入った布を机の上に置く。

「こちらが入園先の幼稚園の制服となります。カバンや帽子はこちらです」
「こ、困りますそんな…」
「明日、8時にはお迎えのバスが来ますので必ずこのマンションの入り口前で待っていてください」

早口でそれだけまくしたてると、池上達は用は終わったとばかりに立ち上がる。

「ま、待ってください、本当に、冗談でしょう?」
「…冗談ではないです。もし登園されない場合、本当にご両親は拘束されます。正しいご判断をお願いいたします」

美星の制止を聞かず、3人はさっさと出て行ってしまった。
美星の部屋に残されたのは幼稚園の持ち物。

美星は放心しながらビニールから取り出してみる。青いスモックに短いスカート。
黄色のカラー帽子と四角いカバン。

「え、何…明日からスーツじゃなくて、これを着ないといけなくて、会社じゃなくて幼稚園に…いかないといけないの、私…?」



2 件のコメント:

  1. めっちゃ好みの展開です!続き期待します!!

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  2. 素晴らしいですね♪こんな入園申請なら自分からしたいくらいです(笑)
    スモックを着て子ども達と楽しく過ごしてほしいですね(^-^)/

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