2018/05/16

トルソーにインストール 1

「これ、なんです?」

放課後、いつもどおり実験部の部室を訪れた私は部長に声をかける。
昨日までは何も置いてなかった机の上に、肌色の女性体のトルソーが置かれている。

「ああいいところにきたねリコ君。いま開発中の試験体人形だよ」

人形…というには不完全な状態だ。
顔は存在せず、手足も膝や肘の関節手前までと、中途半端である。
ただし、肌の質感や肉っぽさはリアルに寄せてあるのか、かなりホンモノに近い気がする。

「今年我らが実験部はお化け屋敷をやるんだけど、暗がりでこれが動いたら怖いと思わないかい」
「まあ、少しは怖そうですね、暗がりでこれが動けば…。ただ単調なんじゃないです?」
「そうなのだよ。やはり単純にもぞもぞ動くだけでは機械感が出てしまう。AIの搭載も考えたのだが…」

自動掃除機のAIを流用してみたらしいが、やはり障害物が多いお化け屋敷では使いづらく、人にぶつかったり、挙句外に飛び出してしまうらしい。


「そこで、面白いアイデアが浮かんでね」

ホラ来た。この部長の面白い、は本当に面白かった例がない。
ほぼ100%の確率でとんでもない目にあうのだ。

よいしょ、と部長が取り出すのはバイザーがついたヘッドセットだ。

「VR…?」
「いやいや、そんなありきたりなものじゃないよ。まあ物は試しだ、さっそく身につけてみようか」

ニヤリと微笑む部長と、あっという間に座席にセットアップされいく機器。
それを見てああ、これは誰か部員が来るのを待っていたんだな、と思う。
部長が行う実験は毎回ろくでもない結果になるので部長が部室に居ることがわかると、回れ右をして帰る部員も少なくない。

はぁ、と溜息をつくと

「手伝いますけど、なにをやるのかだけ教えてください」
「言ってしまうとサプライズじゃなくなってしまうんだが…」
「言わないとやりませんからね」
「ううむ…」

腕を組み悩んでいた部長

「まあ、要するに遠隔操作だよ」
「遠隔操作…?」
「そう。ここにカメラが仕込んであってね…」

部長が指をさしたトルソーの首に小さな穴が見える。

「このバイザーでカメラを見つつ、操作すれば安全に脅かせるだろ?」
「…なるほど、普通ですね。まあそれなら手伝いますよ」

拍子抜けしてしまったが、安全であるのであれば問題はない。
私は部長が指定した椅子に座ると、バイザーを被る。

「あれ、部長、動かすためのコントローラーはないんですか?」
「ああ、ないよ。脳波コントロールだからね…」

は…?
全身にビリッとした電撃が一瞬走った後、私は意識を一瞬失った。

(部長のやつ…騙してくれたわね)

数秒後には既に私の身体から顔や手足の感触が消え失せていた。

『どうだい、その身体は?自分の身体みたいに動かせるでしょ』

脳内に直接流れてくる部長の声。

『君の脳からの信号をインターセプトして、そちらの人形に流しているんだ。逆に人形からの感触もフィードバックとして君の脳へ流れているよ』

だから…と言いながら、椅子に座ったままボーっとしている私の身体の胸や太ももをベタベタと触る。

『こんな風にされても、触られてるってわからないでしょ?』
(ちょっと、何してるんですか!)

四つん這いの姿勢のまま首についたカメラを部長のほうへ向ける。
私の身体は一切微動だにしない。
そして部長が人形に触れると、そこを『触られている』という感触が伝わってくる。

(部長…私の身体、死んでないですよね?)

『ああ、大丈夫だよ。寝ている状態と一緒でちゃんと生命活動はしているから。さて、動いてみようか?』

(…その前に、部長は私の声はどうやって聴いてるんですか?)

『ああ、君の発言はすべてこのノートPC上に文字として表示されているよ。トルソーからこちらのPCへも情報が送信されているからね。心の中身までは読めないから安心したまえ…。そして僕の発言は、君のカメラに付いているマイクが収音している。カメラをふさいじゃうと音も聞こえなくなるから注意してね』

(塞ごうと思っても塞げませんけどね…)

私は短くなっている手を掲げる。
肩から十数センチしか伸びていない上に先端が平らな腕は、歩行以外に役に立ちそうもない。

そして部長の言われた通り動いてみるが、腕から先がない、という感覚になれることができずその場に倒れて仰向けになってしまった。

(あ、あれっ、起きれない…)

亀のように手足をわたわたさせるが…。

『あー、トルソーについている筋力じゃ自力で起きれないんだよね…』

そういいながら部長が私をもとの体制に戻す。

(ちょ、ちょっと、どこ触ってんですか…!)

脇の下に手を入れられた私は思わず身をよじる。

『ごめんごめん…おっと、他の部員が来たようだ。ちょっと君の身体を隠させてもらうよ…』

そういうと部長は私の身体を座っていた椅子ごと、隣の準備室へ運び込んでしまう。

『無線出力は室内であれば30mぐらいは大丈夫だから、安心して。切断されたら元の体に戻るし』

(…今のを聞いて私に何を安心しろというの)

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リコ君の身体を抱えて、準備室のロッカーへ押し込む。
だらんと力が抜けた身体はロッカーの壁にしだれかかる。
念のため、リコ君の口元に手のひらを当ててみたが、ちゃんと呼吸は行われているようだ。

念のためロッカーの扉に鍵をかける。
もし何かのはずみでリコ君の身体が見つかってしまえば、事件性を疑われかねない。

ガチャン、という音と同時に、隣の部屋にぞろぞろと部員たちが入ってくる音が聞こえた。
何食わぬ顔で準備室から教室へ戻る。

「あー、部長来てるんならいってくださいよ、今日サボったのに」
「ほんとだ、部長がいるー」
「今日は変な実験しないでくださいよ、文化祭準備で忙しいんだから」

「ははは、まあそういうなよ。僕もちゃんとお化けの案を作ってきたのだから」

そう言いながら僕はここからどうにかして逃げようと隠れて床を張っていたトルソーの腰の部分を抱え込み、机の上にどん、と置く。四肢の短い、女性体の裸の人形が動いているのを目にして
周りの部員たちは驚きの声を上げる。

「うわ、気持ち悪いっ」
「え、すごいリアルに動いてる」
「すごい、ちゃんと反応がある…生きてるみたい」

指で脇腹を押された人形は慌ててそこから離れるような仕草を取る。
そして改めて自身が裸(人形ではあるが)であることに気がついたのか、胸や股間を隠そうとする。

「すごいっすね部長、これAIですか?」
「まあそんなようなものだね。これを血糊やら取れかけの腕やらで装飾すれば怖いと思わないかい」
「確かに…、話題性もばっちりっすね。テケテケより怖いかも」

部員たちは興味津々といった感じで人形を弄り回す。

「じゃあ文化祭の準備、装飾は任せたよ。僕は別の実験をするから」
「「「はーい」」」

部員たちが各自の分担の作業を開始する。
特に役割のない数名が、人形の装飾を担当することになったようだ。

さて、リコ君の様子は…。
ノートPCの画面を覗き込むとこれ以上ないほどの罵詈雑言が羅列されていた。
暴れすぎて興奮したのか言語化に失敗している箇所も多々ある。
逃げなきゃ。ちょ、変態。戻せ。ひとでなし。戻さないとひどいぞ。
そして採寸されている今はくすぐったいのか、笑い声と泣き声で埋め尽くされている。

(うーん、ちょっと設定をいじってみようか)

人形から脳への感度フィードバックを10倍ぐらいにあげてみる。

「わっ!?」
「きゃっ!?」

採寸をしていた子達がちょっと驚いたような、焦ったような声を出す。
人形をよく見ると、小刻みに震えて痙攣しているように見える。
もちろんタダの人形なので、汗を始めとした水分は一切見られない。

「ぶ、部長、これだいじょうぶなんです…?なんか壊れたみたいに振動してますけど…」
「ああ、大丈夫だよ。しばらくすれば落ち着くさ。AIの学習ミスかなにかだね」
「…ならいいんですけど…」

この部長のことだ、あまり信用できない。そんなニュアンスが感じられる。
とはいえ、触られるだけで痙攣するほどの感度はやりすぎたようだ。
ノートPCを操作して感度を元の倍率に戻す。

その後、部活動終了の時間まで、人形が開放されることはなかった。

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部員が全員帰った後、ロッカーからリコ君の身体を取り出し、人形とのリンクを解除する。
顔を真っ赤にしたリコ君はズカズカと近寄ってくる。

「お疲れ様、どうだっ…ガフッ!」

ねぎらいの声はリコ君のボディブローとアッパーのコンビネーションにかき消される。

「お疲れ様!じゃないですよ!何考えてるんですか!変態!マッド!」

倒れ込んだ僕をさらに足でゲシゲシとケリを入れてくる。

「リ、リコ君、痛いよ痛い。そんなに怒らなくても…別にリコ君の身体が直接触られたわけじゃないんだし」
「気持ちの問題ってものがあるでしょ!なにあの触られただけで……っ」
「触られただけで…?」
「…あ、あの、その…、ええい、死ねっ!」

顔面にストンピングを入れられる。
ううん、痛い。

「まあでも、実験は成功だね、当日もよろしくね」
「は?やるわけないでしょ?当日はあんたがやりなさいよ」
「うーん、でももう登録されちゃったしなあ」
「へ?登録?」

僕の手にあるのは小さなスイッチ。
これをポチッと押すと…。

「え…?あっ…」

気を失うように倒れ込むリコ君。
床や机に頭を打ち付けないように支える。

ノートPCに目をやると

(う、うそ、なんで。バイザーは外してるのに…これって…)

机に上では何が起きたのか理解できてないトルソーがあたふたしている。

「どうだい、登録することで、スイッチひとつで入れ替わりできるようにできるんだよ」

再びスイッチを押す。
僕の腕の中に居たリコ君が意識を取り戻し、慌てて僕から離れる。

「ひ、ひどいですよ部長、こんなの…!」
「僕としては文化祭当日まで入れ替えておいてもいいんだけど…」

再びスイッチへ指を置く。
ビクッと震えるリコ君。

「おとなしく従っておいて、文化祭の準備と当日だけ入れ替わるか、ずっとそのままがいいか…」
「う…、わかりました」
「ちなみに当日休んだりしても無駄だよ」
「…ううぅ、なんでこんなことに」





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