階段を上ってくる足音が2つ。
片方はもう一方に比べて足取りが軽い。
(ん…あ、もう夕方)
窓から見える明かりはすでに赤く染まっていた。
つまり帰ってきたんだな、と思った。
「ただいまー。うわっ、本当にお人形さんだ。こわっ」
「こら、アキ。お姉ちゃんになんてこと言うの」
「だってー。どうせまた夜更かしして体調崩した結果なんでしょー。自業自得じゃん」
(うっ)
図星ではある。
「でもいいなー公欠扱いなんだし。あ、でもお姉ちゃん前も休んでたじゃん。がっこーだいじょうぶなの?」
「あなたと違って大丈夫よ。ちゃんとさっき学校に電話して確認したわ」
お母さんはアキの頭をこつんと叩く。
「へっへー。私はこれで頑張るからいいよー」
パンパンと太腿をたたく。
アキは勉強ができない代わりに陸上で頑張っている。
今日も朝早くから朝練に行っていたため、私のことを知ったのは先ほどのようだ。
「まったく。じゃあさっき言った通り、体温だけには注意してね」
「はいはいー。伝染らないんなら安心安心」
お母さんは階下へ降りて行った。
「さーてとりあえずは観察観察っと」
どすっと枕元に腰掛けるアキ。
「あ、眼と瞼はそのまんまだけど…声も聞こえてるなら耳もかな」
ヒラヒラと目の前で手をふったり、耳元で指を鳴らされたりする。
私はじっとアキを見つめる。
「ふむふむなるほど、でも口はシリコンだねー。いいな、シミひとつない」
頬をつんつんと突っつかれる。
痛みは感じないが押されるときに皮膚が突っ張るような感覚はある。
(な、なにするの)
眼で訴えるが、アキはものともせず私をいじり続ける。
「うわー、舌も歯も変わっちゃってる。あ、でも皮膚より柔らかいかも」
左手で両頬をグにっと抑えられ、口がそれに引っ張られてひょっとこみたいな形をつくる。
そこに右手を突っ込まれ、歯をべたべたと触る。歯も柔らかい材質になっているのか、ぐにっと曲げられるようだ。
舌もぐいっと引っ張られる。
感覚がないのでえづくことはないものの、気分がいいものではない。
(覚えてなさいよアキ…)
「ふーん、なるほどねー。うわっ、えっろw」
アキの手が離れたが、人形の私は口を大きく開け、舌を前に突き出した格好から自然に戻ることはない。
「なんかこうゆう人形、高く売れそうだよねー」
私はより一層、険しい眼でアキを睨む。
「おっと、これ以上やると後が怖いかも。元に戻さないとねー」
(もう、ほんとうにいい加減にしないと…)
「あ、忘れてた。水飲んだほうがいいのかな?飲めるのかな?」
(ちょ、ちょっ…)
机に置いてある水のペットボトルを口にもってくるアキ。
(だめだって…!!!)
ぐいぐいと傾けたボトルを、私の突き出したままの口に近づける。
私の身体はなんら抵抗することなく、ペットボトルを加えてしまう。
ごぽごぽごぽと口の中に入っていく液体。
身体の中で水ががひんやりと熱を奪っていくのがわかる。
それは喉を通過し、胃もなんら機能することなく通過していく。
(あ、や・・・やばい)
水はどこにも吸収されることなく、空洞な小腸や大腸を通過していく、
(あ、あ、あ、あ!!!)
あっというまに肛門に到達した水が圧力を加え始める。
とはいえその襲来に対して私はなにもすることができない。
シリコン化しても閉じていたお尻の穴もとうとう溜まった水の圧力に負けてしまう。
ダラダラとお尻の穴から流れ込んだ水が排出されはじめた。
「え、わー!漏れてる!?」
私のベッドに染みができているのを見てアキが叫ぶ。
パジャマが濡れるのを感じながらも私はどうすることもできず、アキを睨むだけだった。