2018/04/01

へいわがおとずれた!

「魔王城まであと少しね」
私は城を指さす。
「そうね…でもここまでは今までも数多くの人達が到達してるはず…。気を引き締めましょう」
勇者のリリアは、私達に油断しないよう注意をする。
「でも、2人でよくここまで来れたなあ…」
そういいつつ、私は深く息を吐きます。
女2人で魔王討伐に出ると決めた時は周りにバカにされたものだが、
やればできるもんだ。
「そうね、シャル。これからもあなたの魔法、期待してるわ」
そう言って、リリアは私の肩をポンと叩く。
「魔王を倒して、平和を持ち帰って、街の皆に自慢しましょう」
リリアは魔王城へ進撃を宣言した。

数多くの冒険者が向かい、そして帰ってくることがなかった魔王城へと…。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


「はぁ…はぁ…」
やはり難攻不落の魔王城であった。
私達は魔王軍の猛攻を防ぎきれず、一時撤退を試みたのだが、
撤退中にも様々なトラップが襲いかかり、結果バラバラになってしまったのだ。

私は今、消音と姿消しの魔法を唱え、通路の柱の影にいる。
通路では私達を探すべく、警備モンスターがあちらこちらを探しまわっている。
ここも見つかるのは時間の問題だ。魔法ももうすぐ切れてしまう。一旦安全なところで魔法を掛け直さないと…。

私は少し先にある扉を確認すると、警備モンスターが手薄になった隙を見て走りだし、部屋に飛び込んだ。飛び込んだ瞬間に魔法がきれ、私は姿を露わにする。

「あ、危なかった…」
「ほう、珍しい客が飛び込んできたな」

私は部屋の中から聞こえてくる低い声に背筋が凍る思いをした。
(しまった、部屋の中の生命探知を忘れてた――)
しかし生命探知を使っていたら姿消しの魔法が先に切れていただろう。そう、この声の主が騒ぎ出して、警備を呼ばれる前に倒してしまえば、いいのだ。

私は杖を握り直すと声の主の姿を確認せず、位置だけを便りに最大火力の魔法を打ち込む。
杖から発生した灼熱の火球が部屋の奥に向かって行きそして…

―ろうそくの火が消えるかのように火球が消え去った。


「えっ…」
「ふむ、いきなり不躾なお嬢さんだ」
そういうと、声の主が姿を現す。
紫の長髪、鋭い耳の男だ。片手には魔導書らしき本を持っている。
「ま、まさか……魔王!?」
「なるほど、君が魔王討伐の人間か」
魔王が手を振ると、部屋中の灯が一瞬で輝きだし、あたりは明るくなる。
「しかし、先ほどの魔法は今まで魔王城に来た人間の中ではかなりの使い手だな」
「一瞬でかき消されたんだから…褒め言葉とは受け取れないわね」
私は杖を握りしめ直す。

「いやいや、いままで私に攻撃を仕掛けることができた人間は君を除けば、ここ数十年は居なかったからね。偶然私の寝室に入り込んだとはいえ、これは驚愕すべきことだ」

魔王は私に対して横を向きながら魔導書を開く。私はぐっと身構える。魔法防御を一瞬で展開できるよう、魔力を貯める。
「なるほど、少数精鋭だったか。君を含めて2人とはね…。残りの子もかなり優秀だね、先ほどの君の魔力を感知してこちらへ向かってきている」
「!?…その魔導書、かなり厄介な代物のようね」

魔王は魔導書を開いたままこちらへ向き直る。
「こちらへ来る前に君から対応するとしようか」
リリアがこちらへ向かってきているのがわかったのは朗報だ。
ここは時間を稼ぐべきだろうか…あの魔導書の正体を掴んでおいたほうがいいかもしれない。
私はそう考える。

「その魔導書、探知の書なのかしら」
私は魔王に問う。
「…時間稼ぎかね。ふむ、まあいい。魔導書の名前だけは教えてやろう。『生命の書』だ」

な―。
私は目を大きく見開く。
全ての生命・魂の行いが過去、現在、未来にまたがって記録されているという概念にアクセスできる魔導書…。
なるほど、リリアや私の侵入もすべて筒抜けであったということか。
「それだけではないがな。我が魔力を持ってすれば因果の改竄も可能だよ」
例えば―。

魔王は指先に魔力を込め始める。
私は反射的に最大級の防御魔法を展開する。

魔王は私の防御魔法を冷ややかな目で見つつ、
「君のお父上は、牛だったそうだね」
そうつぶやき、指先を魔導書へ突き立てた。
「は?いったい何を…」
その瞬間、防御魔法を展開していた私の身体に、激痛が走り抜ける。
「い、痛っ…」

魔王が生命の書をパタンと閉じる
「君のお父上が、家畜の牛だったことにしたのだよ」
う、牛…?
私のパパはただの平民の出身で…王国魔導師だったママと…。
身体の激痛はいっそう増していき、私は杖を手から離してしまう。

「なるほど、牛の亞人となるか」
私は杖を離してしまった手が、大きく固く膨れ上がりとなるのを目撃する。
「そ、そんな…」
そして一瞬激しい頭痛が走ったかと思うと、私の頭から鋭い角が2本、横向きにズシュっと生える。
口と鼻が大きく前に伸びたかと思うと、あっという間にマズルを形成する。

「ぶ、ぶもぅ…そ。そんあ」
お腹が大きく膨らんだかと思うと、人間の乳房とは別に牛の乳を形成する。
私が着ていた服装があたかも最初からそうだったかのように、私の身体にフィットするように変化する。

「ふむ、そんなものかね。人間とのハーフとなると。我が軍で言うとミノタウロスが近いようだ」
私は痛みが収まった自身の体の感触を確かめる。
魔法使いだった私には無縁だった筋肉ががっちりついた、手が目に入る。
身長もかなり伸びている。先程までの部屋が狭く感じる。
自分の大きくなった足が見えないほど大きな腹部の乳房が、私の体にひっついている感触がわかる。


ふと床に落とした魔法の杖を見ると、大きなハンマーに変容していた。
「く、か、解除魔法を…」
私は杖を使わずに呪いの解除魔法を発動させようとするが、1ミリの光も発生しない。
「う、うそ...なんで」
それ以前に先ほどまで空気中に存在していた魔力が全く感じられなくなってしまっているいことに気がつく。魔法が使えなくなってる...?
「獣が交じると魔力は扱えないからね」
魔王は冷たく言い放つ。
私は愕然として膝をつく。ドスンと大きな音がした。
人間の姿と魔力を奪われてしまった私に勝機はもはやないだろう…
私は目をつぶり、死を覚悟した。



ドンッ!と大きな音がして扉が打ち破られる。
「シャル、大丈夫か!」
私の魔力を追跡していたリリアが飛び込んでくる。
「リリア…」
私は膝をついたまま、リリアの方を向く。リリアってこんな小さかったっけ…。いや私が大きくなってるだけ…。
「シャル、何かされたの?!大丈夫!?」
リリアはそういうと私に腕に触れる。

「ま、魔王に牛の亞人にされて…」
リリアは怪訝な顔をする。
「? シャルはもともと…亞人でしょ?」
リリアの発言に、私は言葉を失います。

魔王はククッと笑います。
「シャル君。生命の書は因果そのものの書き換え…。君はもともとそうだったということになっているのだよ」
リリアは声の主に気が付き、顔を魔王へ向けます。
「貴様が魔王か」
リリアの声を無視する魔王。
「変化に気がつけるのは私と…本人だけさ」
魔王の無慈悲な通告に私は愕然とします。
小柄の人間の女の子であった、魔法使いのシャルという存在はこの世から消え去ってしまったのです。

リリアは私をパンと叩き
「シャル、しっかりして!牛の亞人だったせいで、イジメてた村のやつらを見返してやりたいから、ここまで来たんでしょ!」
違う、私は、王国魔導師のママから…魔法を学んで…
「お母さんに魔法が使えなくてもできるってことを見せてやるんでしょ!」
チガウ…チガウ…私はママからも才能を認められて…

リリアは私が立ち上がらないことに対して諦め、魔王と正対する。
「おのれ…シャルに何をした!」
「私は何もしてないよ。世界がシャル君を変えたのだよ」
魔王はひょうひょうと答える。

「何を抜け抜けと…ええい、覚悟!」
リリアはそういうと魔王に向かって加速、そしてジャンプして斬りかかろうとする。

魔王は魔導書をおもむろに開く。
私は慌てて魔導書のことを伝えようとする。
「ふむ…元気がいいな、君は犬とかどうかな」
魔王は光る指先を魔導書へ突きつける。

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飛びかかったリリアが魔王へ斬りかかることなく、着地する。
リリアの様子がおかしい?私と同じように何かされたのだろうか。

「私の剣と、盾が…消えた!?」
リリアはそう叫ぶと周りを見回し、何かを探している

剣と盾…?
リリアにはそんなものは必要ないはずだ。
だって、リリアは…
「ひっ…なにこの爪と…に、肉球!?」
するどいツメと…
「あ、足が…犬みたいに…」
素早い動きを利用した戦い方をするのだから。
リリアはワーウルフ…犬の亞人なのだから。
まあ狼のような怖さは全然ない、見た目はかわいい子犬みたいなんだけど…。
「よ、よ、鎧が消えた…?!」
服は嫌いだといって自身の毛皮だけでここまで来たじゃないの…。
そう、ワーウルフと魔法使いのコンビで私達はここまで…。ココマデ…?私は…?
私は頭痛を感じて頭を抑える。


「さすがに同時に2人変えてしまうと記憶の綻びが顕著にでるな」
魔王はつぶやく。
私は確信する。やはりリリアもなにか改竄されたのだ。
「うむ、もうめんどうだ。さっさと片付けるか」

魔王は魔導書を再び開き、
「シャル君、君の母親も牛にしてしまおう」
光る指を魔導書へ突きつけた。

部屋中にあふれる光の中、魔王が言葉を残す
「時間が経つと記憶も書き換わるさ、安心したまえ」



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


気を失っていたのだろうか、私はゆっくり目を開く。
ここは…自分の村の牧草地だ。
おかしい、私は確か魔王城で…

私はのっそりと立ち上がると、周りを見回す。
ママもパパももう起きてご飯を食べている。
夢…?

そうだ、夢だったのか。
それもそうだ、私が魔王軍と戦うなんてできるわけがないではないか。
それよりもご飯だ、ご飯。
私はママとパパの近くに積まれた牧草へ、四つ足でのそのそと歩いて行った。

その後を牧場で飼われている犬のリリアが続く。
私達は生まれた時から一緒に育った仲良しだ。今日も一緒にお昼寝をしよう。
ああ、今日も平和な一日が始まる。