2018/04/17
昼は小学4年生
「目立たないようにしないとね」
これはいい意味でも悪い意味でも目立つなということだったらしい。
まずは春香のお古だと流行遅れだから、という理由で服を買いに行かされた。
デニムジーンズやパンツは古くても使い回せるからと、スカートやワンピースを主体に買い揃える。
「ほら、夏美。サイズ合わせてきて」
数着の衣服とともに試着室へ放り込まれる。ちなみに夏美というのは俺の名前だ。春の次だから夏という安易なネーミングである。
「ううっはずかしいよ...あたし男の人なのに、なんでこんなお洋服...」
口調や仕草は女の子、知能は4年生ではあるが記憶は20歳の男だし、考え方や嗜好も男のままだ。
手渡されたフレアなミニスカートと小さなフリルのついたTシャツ、これらを着る趣味なんてないし、いままでも普段着はなるべく春香のお古の中でもボーイッシュで動きやすいものを選び、この手のは避けていた。
「ちょっとおしゃれに興味ある子ってのがどこにでもいる感じで、目立たないものなんだよ」
とは春香の言葉ではあるが、なにかうまくいくるめられている気がしなくもない。
「変身してるときもスカートだし...一緒だよね、うん」
おれはそう自分に言い聞かせると意を決して着替えることにした。
俺は成人男子として何かを失ってしまった気がする。
ーーー
そのまま着ていきます、そう店員に告げた春香は、他に購入するものとまとめて支払いを済ましてしまった。
「は、春香。この格好スースーして恥ずかしい...」
魔法少女になっているときはパニエだったりハイソックスだったり、はたまた魔力で覆っているからか、そんな感じはしないのだが、今は太ももから足まで露出している状態で、外気が当たるのがよく分かる。
自然と内股になり、スカートの裾を引っ張ってなるべく足の露出を減らそうとする。
「夏美、だめよ。ちゃんと歩きなさい」
「でもこれじゃあほんとに女の子になっちゃったみたいで...」
春香は、ふうっと溜息をつく。
「本当も何も、夏美は女の子でしょうが」
「そうだけど、でも...」
春香は俺の耳元に顔を近づけ、小さな低い声で喋る。
「大地、そういうセリフから正体がバレちゃうのがわからないかな」
それとも...と続ける
「もしできないなら、大地の記憶とか男の意識も制限しちゃってもいいんだけど?」
春香は右手を俺の頭に近づける。
俺はビクッとして肩をすくめてしまう。
「ご、ごめんなさい、がんばるから、消さないで」
今、俺という存在は夏美の体の中、心の中でしか存在ができない。物事を考える事だけについては、なんの制限も受けずにいるのだ。しゃべったり、行動に移そうとすると、小学四年生の女の子といフィルタを通してしまうが。その意識まで制限されてしまうと俺はアイデンティティが持たない気がする。
「本当?頑張れる?」
「春香。あたしちゃんと頑張れるよ」
そう、と呟くと春香は右手を下ろす。
「じゃあまず呼び方直しましょうか、私のことは春香お姉ちゃんか、お姉ちゃんって呼びなさい」
「は、春香!それは...」
「できないの?」
下ろした右手を再びあげようとする仕草をする。
くそ、これは脅迫じゃないか。春香のやつ楽しんでやがるだろ。
「ほら、呼びなさい」
「あたしのほうが年上なのに...」
「あら、夏美はまだ10歳でしょ、私は19よ」
「うっ...」
俺は顔を真っ赤にしながら覚悟を決めて言う。
「春香...おねえちゃん」
「生意気言ってごめんなさい、春香お姉ちゃんって」
「な、生意気いって....ごめんなさい。...お姉ちゃん」
名前を省略したのはせめてもの反抗だ。
「ま、いいでしょ。夏美、ちゃんと女子小学生らしくしないとご近所から噂になって離れ離れにされちゃう可能性だってあるんだからね」
目立たないに越したことはないのよ、と付け加える。
そう言いながら、春香は自分のスマホにかかってきた電話を取る。二言三言話すとすぐに電話を切った。
「編入は夏休み明けですって。ホントはすぐにでも通わせたかったんだけど。もう7月だし、1学期もあとわずかだから...しょうがないね」
あれ、大学も夏休みになるからこんなことしなくても、よかったんじゃ。大学の夏休みが終わる9月まで元に戻ってもいいんじゃないか。
春香に知識制限を解除させよう。
「春香、あのさ」
「春香お姉ちゃんでしょ」
「春香...おねえちゃん。こういうことなら、夏休み明けまであたしの頭のもやもや、なくしてくれてもいいんじゃない?」
「...だめよ。ご近所の目があるから」
春香は少し考える。
「ある意味いい猶予だと思って、昼は女子小学生、夜は魔法少女、というのに慣れるべきね」
しかし肝心の小学校へは行けないじゃないか。
「でも学校へはいけないよ?」
「うーん、じゃあお勉強の習慣だけでもつけようか」
春香は、俺の頭の上に右手をのせる。
俺は嫌な予感がして逃れようとするが、それより春香の能力発動のほうが早かった。
俺の頭の中はさらにモヤがかかったような感じになる。
「はるか...夏美になにしたの」
「4年生の夏美に4年生の知識だとほら、4年生の勉強しなくてもできちゃうじゃない?」
「だから知識と振舞いを3年生までさらに戻してみましたっ」
「えっ」
なんだって。4年生なのに3年生までの知識しかないってことは、半年分ほど遅れているという事だ。
「これじゃあ夏美、おばかさんじゃないの!」
怒る俺に対して春香は冷静に
「そうよ、だから今から夏休み明けまでにちゃんと勉強しないと恥をかくわよ」
「そ、そんなことしてる場合じゃ...」
勉強する時間があるぐらいなら瘴気集めにでたほうが有意義だ。
「おべんきょうなんかより、瘴気あつめてたほうがいいでしょ!」
「瘴気は夜しか発生しないし、それに昼間からブラブラしてたらまた怪しまれちゃうでしょ」
「う...」
「それ、優等生すぎて目立つのも逆に困るの。夏美は本当は存在しない子なんだから。いつか元に戻ったら消えてしまう存在だから」
春香のいうことがもっともなように聞こえる。
俺にとって一番困るのは、施設や機関に通報されて、春香と離れ離れになり、監視され、瘴気集めができなくなることだ。永遠にこの少女のまま、というのは御免被りたい。
「もし夏休みの間に集めきったら、全部元通りなんだし、がんばろ、ね?」
「わ、わかった...」
春香はうん、と頷くと俺に手を差し伸べる。
俺はその手を取り、春香と並んで家の方角へ歩き出す。
端から見ればそれは、少し歳の離れた仲の良い姉妹にしか見えなかった。
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